イタリア留学エッセイ第23回目は、ローマ生活で心底感じたこと、ローマ・東京・沖縄の共通項である「蹂躙される土地のかなしさ」についてです。前回のエッセイ「イタリア恋愛事情」はコチラです。そして、拍手ありがとうございます!
![]() 世界でトップクラスの遺産や重要建築物が残されるイタリアの首都、ローマ。ヴァチカン市国もあり、世界から憧れられる街である。毎日世界各国から観光客が訪れ、夏ともなれば、旧市街は最早観光客しかいなくなる。すべての街はローマに通じるという言葉もあながち嘘ではない。半ば本気で私はローマを永遠の都だと思っている。文字通り、何が起こっても滅びそうで滅びることはない街だと思うからだ。 しかし、住んでから気づいたことがある。ローマには、私の両親の故郷である、東京と沖縄にとても似た側面があるということだ。この三つ土地は、タイプがまるで違う。ローマは世界有数の遺産がある街で、東京は日本の首都であり世界でもそれなりに名が知られている。沖縄は珊瑚礁の残る楽園として有名で、海の透明度は世界トップクラスだ。イタリアの人でも、沖縄の名を知っている人はかなりいる。沖縄の話をすると、綺麗な海とアメリカ軍基地があるというイメージが浮かぶようだ。第二次世界大戦に敏感な人は、本土決戦のことも知っている。 この三つの街は共通点がある。余所の国や街の人から、憧れられているということだ。東京も沖縄も、在住が憧れられるのは主に日本人だが、ローマの場合は世界レベルで憧れられる。ある人は、その土地の有する雰囲気に憧れて、ある人は故郷に仕事がなく職の希望をかけての定住、その他ローマと東京は国の首都でもあることから、勉強や教育を求めにきている人も多いだろう。首都だから必然的に人が集まるのは当然だが、度を越している。ローマも東京も沖縄も、旅行したいというより「住みたい」といわれる場所なのである。 共通点は、それよりも根深いところにある。 先祖代々から東京や沖縄やローマに住んでいる人が、どこか追いやられている節があるということだ。ローマに両親より前の代から住んでいる人と話をしたことがあるが、「ローマはいいというけれど、昔からローマに住んでいる人は少なくて、元々別の街のひとたちが住んでいるというのがすごく多い」と、いっていた。イタリア国内外から人が集まりすぎて、元からあった街の雰囲気もかなり様変わりしているという。都会になるのはいいが、素朴さが薄まってギスギスしていくのはせつないことだ。土地の雰囲気が、街の名前とともに形骸化され、元々住んでいた人たちは置き去りにされる。 それは東京も同じだ。よく東京のことを「東京の人は怖い」という人がいるが、私はそれを聞くとすごく嫌な気分になる。その「東京の人」というのは、彼らの両親の生まれも育ちも東京であることは稀だ。つまり、生粋の東京人ではないのである。 私の父は江戸っ子だ。柴又の近くで生まれ、育ちも東京区内だ。その母親も浅草で東京大空襲を経験している。祖父は関東大震災を見た。親戚は疎遠だが東京の下町に残っていて、雰囲気もきつめの言葉を吐くノリも、江戸っ子である。祖父母の家は風呂がなく、泊まりにいけば昔ながらの銭湯に通っていた。ちなみに江戸っ子は気が強い。関西人の言い合いに勝てるくらい言葉がきつい(あまり言葉が綺麗ではない)。そういう意味で、東京の人が怖いというのは間違いではない。 逆に母親は、生粋のうちなんちゅだ。故郷は沖縄県の伊是名島だ。辺境というレベルを超えている。今日羽田空港から伊是名島に迎えとすれば、一日でギリギリたどり着けるかどうかという島だ。島に住む親戚は多く、元は琉球王家にも関係している。今の実家は本島北部の、アシャギという土地の神様がまつられる小高い山のふもとにある。親戚は私の母親以外、皆沖縄県内在住だ。北部や伊是名に住む親戚たちは方言のなまりが強すぎて、たまに会話の半分以上意味がわからないことがある。琉球の方言は格別に難しい。 小学生まで、親の転勤に振り回され生活していた私には、この東京と沖縄が大切な故郷だった。夏休みなどの長期休みになれば、かならず東京か沖縄で過ごした。この20年で、東京と沖縄は本当に変わったと思う。東京より特に沖縄には移住してきた人が本当に増えた。そして、私の知っている故郷が、観光や移住してくる人にあわせて変わっていっている気がしてならないのだ。 故郷のはずなのに、よそよそしく感じてしまう。余所からきた人たちの「理想の場所」として、少しずつ変わっていく様を、元々その土地に長らく住んできた人たちはただ眺めるだけだ。先住者がうまく利用するにも、波に乗るのは難しすぎる。街が活性化することはいいことかもしれない。しかし、元々住んでいる人たちに少しは還元すべきだろうとも思うのだ。 それはローマにも当てはまるのだと、実際ローマに住んで気がついた。他の街、他の国の人たちがローマ定住を憧れて、もしくは職を求めに訪れる。しかし、過密な求人率に世界不況が重なっている。需要と供給が伴わないし、それに巻き込まれるのは元々からローマに住む生粋のローマっ子だ。もし、移住者が多くなければローマっ子の職探しも今のように異様なほど難しくはないはずだ。 これは沖縄と重なる。元々職のない県であるというのに、移住を求める人が多い。しかし、憧れだけで生活はできない。生活のために仕事は必要となるが、雇用がとても少ない上、賃金もまったく高くないのだ。私の従妹は高校卒業後、沖縄から上京してフリーターをしながら漫画家を目指している。沖縄で職を見つけるくらいなら上京してフリーターをしたほうが賃金も高いも夢も追いやすいのだ。 移住も憧れも人の自由だ。しかし、そうしたときにはせめて、その土地が持つ歴史や社会問題にはある程度関心を持たなければならないと思う。特に移住の場合は、その土地の人になるのだ。異邦人のままではいられない。そして、職などにつく場合は、ある程度その土地の地元活性化のお手伝いしなければならないと思う。 そう思ったのはイタリアに住む前に祖母に会うべく、久しぶりに沖縄祖母宅で長期滞在したときだ。那覇空港などに多く「名物特産・今帰仁アグー」という地元豚の宣伝がされてあって驚いた。私の祖母宅は、その宣伝がされる今帰仁村である。しかし、今までそんな名物を一度も耳にしたことがなかったのだ。 早速、今帰仁村に行ったときに親戚たちに聞いてみた。実際に今帰仁のアグー(方言でブタ)は、存在したそうだ。しかし小振りのブタで家畜にはあまり向かなかったらしい。それを、この度復活させたらしい、という。 今まで、この手の宣伝やリゾート事業は本土の人間がからんでいた。沖縄の人は、沖縄県外の人のことを、ナイチャー、もしくはヤマトンチュという。つまり、ビジネスに沖縄を使っているのがヤマトンチュであることが多かったのだ。今帰仁アグーというブランドが、本当に今帰仁村のためのものであるならば、私はすごく歓迎したい。というか、そのがんばりは感動する。 沖縄の人にはあまり、土地の良いところを大々的なビジネスにつなげるというものの考え方をあまりしないような気がする。沖縄という名自体ブランド力があるというのに、沖縄の人々はのんびりしている。しかしそこが沖縄のよいところなのだ。アグーに関しては、はじめ村おこしの一環であれば心から応援する。ビジネスに沖縄を活用するのは、大抵沖縄県外の人々だからだ(最近、古宇利島が人気だが、あそこもヤマトンチュが商売しはじめた話を聞いている)。本土の人間が沖縄で商売する流れは変えられないと思う。それがせめて、生粋の沖縄県民の雇用や潤いにつながればいいと私は願うしかない。 これはローマも同じだ。東京はすでに、完全に変わってしまった。江戸っ子たちを半ば置いて、変わり果ててしまった。その一例が「東京は怖い」と称される面だ。今日東京に住んでいる人たちは、本当の東京にだったものをどれだけ知っているのだろうか。いつも私は思ってしまう。 ローマと沖縄はその点において観光色が強いが、生粋の在住者の性質を少しずつ変えようとしている。それは、元々土地がもっていた風情の素朴さを消していくのだ。それは、本当にかなしい。 私はローマに元から憧れはなく、職探しをする気もない。正直、今帰仁村や伊是名島という、イタリアより美しい場所を知っているのだ。そして、この同情心がなくならないかぎり、私はローマに永住しようとは思わないのだろう。 ◆【エッセイ(12月後半)】は、2月更新予定。タイトルは「愛すべき人」です。
|
LINK
カテゴリ
検索
最新の記事
以前の記事
ブログパーツ
ファン
|
|||||||||||||||||||||||||||||||