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【ROMA留学エッセイ番外9】土地に沿って生きる
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 超久しぶりにイタリアエッセイをお送りします。今回は、イタリアに住んで思った「食と文化」について。ちなみに、写真の後ろ姿は、マリナちゃん!(この写真、ブログにUPしてるのバレたら怒られるけど、彼女はここ知らないし日本語わからないからきっと大丈夫・笑) そして、前回の「英語に対する苦手意識」はコチラです。



 ローマに住んでいて、一度だけ風邪を引いたことがある。変調なくいきなり高熱を出したことにマリナは驚き(彼女宅に温度計はなかった)、とても心配してくれた。夕食をつくってくれると言うので、好意にあやかると彼女は支度の前に、こう口にしたのだ。

「風邪なら、良いチーズをすりおろさないと! 」

 体調の悪いときでも、チーズを食べる。むしろ、体調が悪いからこそ体力づけにチーズを食べる。マリナの発言を聞いて、「ここはイタリアだ」と当たり前のことを真剣に思ったものである。

 食文化は、その土地に基づいて生み出される。風土がその土地に生きる人々の食料を生むのだから、各国で食文化が違うのは当然のことだ。それは建築も同じだ。山ばかりで住める面積が少なく、多湿環境の国で石造りの文化は成り立たない。欧州の石造り文化は、夏が多湿ではなく大きな地震が多発しない欧州だからできたことだ(イタリアでは何度も大地震が起きたが、マグニチュード6くらいで街は壊滅寸前になった。石造りの伝統的な住居は地震にあわない)。建築と食は特に風土と深い関わりがある。

 豊かな海に囲まれた日本では、魚の種類も豊富であるし、海草類も多く食べる。肉食が根底にある欧米文化では、野菜を取り入れたところで食べ飽きるし、胃腸が弱い人には辛い。私も胃腸が弱く、ローマで何度も消化不良を繰り返しながら食生活を改善した。薄口で油を極力摂取しない食を中心にしたのだ。それから体調不良を起こすことはなくなった。

 イタリアから何度か一時帰国したが、その際にフレンチのレストランへ友人たちと食事に行ったことがある。そこで「イタリアに住んでいるからと言って、イタリアンなごはんを食べているわけではない。和食が一番ヘルシーだし、結局身体にあうのだ」という話題をしていたところ、テーブルに来たそのレストランのシェフが同調してくれた。彼もフランス料理を仕事でつくっているが、家では毎日和食だと言っていた。

 フランス料理に携わるシェフとイタリア生活をしている私が「和食が一番だ」とフレンチレストランで力説していたのもおかしな話だが、実際にそうなのである。日本食はヘルシーな食事として世界でも評価されている。ダイエット食で和食に勝るものはないのだ。海外(特に欧米)に住めば、それがよくわかる。

 元々和食は肉を食べないという基準で成り立った。肉を極力摂取しない代用として、日本では多数の大豆が生み出された。醤油、味噌、豆腐はかたちがまったく違うものの、どれも原料は同じ大豆である。イタリアで大豆のことをソイア(soia)という。醤油は大豆のソース(salsa di soia)と呼ばれ、味噌は正式には大豆を発酵させたパテ(pasta di soia fermentata)となるが、面倒なのでイタリアでも「ミソ」と呼んでしまっている。豆腐はそのまま「トウフ」だが、イタリア人の認識では「植物性チーズ」となる。

 豆腐をチーズと呼ぶ発想に私はついていけなかった。しかし、彼らの言いたいことはイタリアに住んでいてなんとなくわかる。確かに、イタリアで売られている豆腐は、フレッシュ系チーズと雰囲気は似ているのだ。乳製品アレルギーを持つ人はイタリアにもいる。彼らが食べられるチーズは植物性のものにかぎる。すなわち、植物性のチーズ=豆腐という感じの認識なわけだ。

 豆腐がチーズの仲間になるというのは、日本人には信じられない話だが、イタリアではその認識がある。中国系レストランのメニューにもところによっては、豆腐をチーズと称して書いてある。物珍しいチーズかもしれないと注文すれば、なんてことはない普通の豆腐がでてきたということも起こり得るのだ。

 日本では、昔からたんぱく質を大豆で取る習慣がある。一方、食物繊維は海藻で取っている。たとえば、おなかが空いたときにトコロテンを食べる週刊をつければ良いダイエットになる。トコロテンは元は海藻で、ほとんどカロリーがないからだ。

 こうした食物繊維を、イタリアでは何で取っているのだろうかと私は疑問を感じていた。日本であれば、海藻の他にコンニャクもある。食物繊維を摂取できる食品が日本には数多くあるのだ。海藻やコンニャクのような食品がないイタリアでは、何をとっているのか。マリナに聞けば「フィノッキオが一番簡単だ」という返答がきた。

 フィノッキオは、日本で言えばフェンネル(ウイキョウ)の根だ。セリ科らしく、においがきつく雰囲気は太ったセロリに近い。フェンネルのハーブティーは消化を助けるものとしてイタリアの家庭では一般的なものだ。同じように生のフェンネルも消化を助けるということで、生でそのまま野菜スティックのようにして食べる。あまりにクセがあるにおいと味で、私もはじめは食べられなかったが、次第に慣れて好きになった。食物繊維が多いので食べ過ぎると胃もたれするが、カロリーはあってないようなものなのでおやつにはちょうど良い。

 マリナは「食物繊維をとるために、日本で海藻を食べるようにイタリアではフィノッキオを食べるのよ」と、言っていた。イタリアでも海苔などを食べるようになってきているが、生フェンネルのほうが身近に食べられるだろう。なんせ通年で売られていて、けっこう安いのだ。

 「土地が食文化を育てるの」

 そう言ったマリナの台詞に私も強く賛同している。世界での流通網が広がり、他国の食文化を簡単に取り入れることができるようになった。しかし母国の食を見直すことも大切だろう。日本で和食が現在のようになったのも、土壌と文化と海が関係しているからだ。

 なぜ各国でこのように食文化がそれぞれ異なるのかを、歴史や風土から学んでみることもおもしろいだろう。スローフードも、その土地で生まれた食を学ぶ(尊重する)という意味合いがあるのだと私は思っている。少なくとも、日本食を少し学んでいたほうが海外に出て喜ばれる。日本料理を提供できるパーティなどを開けば、ものすごい喜ばれるのである。

 イタリアでは魚料理もポピュラーだが、日本のように生で食べる習慣はほとんどない。海が近いのに、魚の鮮度を維持しながら保冷し提供するというシステムが構築されていないのは残念なことだ。ローマの市場に出る魚はすでに臭みがでていることが多く、日本料理には適さない。

 私の友人にイタリアに長く在住している方がいる。彼女は高級レストランに足を運ぶことがしばしばあるようで、そうしたところではイタリア料理でも新鮮な魚料理にありつけることがあるという。そうした魚料理のおいしいレストランのコックを意識して見ると、大抵日本人コックを見つけるというのだ。イタリア人だらけのレストランでも厨房に日本人コックがいれば、魚料理は確実だと思ってしまうし実際においしい。

 それは、日本が魚の扱い方にたいしてトップレベルであり、どれだけ魚のことをあまり知らない日本人でも、外国の人(漁業地域はのぞく)よりは鮮度や味に詳しいということだ。日本に住んでいると気づかないことだが、魚に対しての最低基準が日本は元々高いということだ。あのひどいイタリアの魚の取り扱い法(特に流通網)を、日本で採用したら間違いなく暴動が起きると思う。日本人も食に関してはなんだかんだうるさい民族なのである。
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by gosuiro | 2014-09-30 23:33 | ROMA留学エッセイ | Comments(2)
【ROMA留学エッセイ番外8】英語に対する苦手意識
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 久しぶりのエッセイは、イタリア語を通して学んだ「英語と日本語」について。語学大嫌いな私が、イタリア語(アルファベット)脳をつくれたこの奇跡と英語苦手意識克服のお話です。けっこう気合はいっています(笑)。前回の「人種のおもしろさ」はコチラです。



 マリナは実用する趣味として、英語を勉強している。市民大学に週二回通って、暇があるときは家でも勉強する努力家だ。彼女はネイティブの話し方を学ぶために、よく図書館から映画のDVDを借りて観ている。はじめはイタリア語の吹き替え版で視聴して、その後に英語に戻し見直す。私が暇なときは、イタリア語吹き替え版の映画を一緒に観ようと誘ってくれる。そしていつも、字幕をどうするかという話になるのである。

 イタリアの映画DVDに日本語の字幕や吹き替えはほとんどない。マリナに言語は何がいいかと問われるときは、吹き替えはイタリア語、字幕は英語がいいと答える。すると決まって「字幕は英語でいいの? なんで?」と返されるのである。

 答えは簡単だ。日本の中学・高校・大学で英語が必須科目だったからだ。字幕を読むことくらいならば少しはできる。イタリア語は日常会話である程度聞けるようになっているが、聞き逃しや知らないイタリア語単語は英語の字幕で補うわけだ。しかし、私にできることは英文を少し読むだけ、少し聞けるだけである。話すこと、書くことはまったくできない。皆無である。私は学生時代、万年英語赤点だったくらい、英語が苦手なのだ。

 英語というよりも、私はそもそもアルファベットと英語の発音が苦手だったのである。アルファベット言語の苦手意識は当然イタリア語でも発揮し、私はイタリア語に慣れるために人一倍時間を要した。正直、さっさと留学切り上げて帰国したいくらい、外国語が嫌いだった。正直、海外留学を決めた人間の発言ではない。アルファベットに完全に慣れてしまった今の自分が奇跡だと思っている。人間、本気を出せば「やればできるものなのだ」と改めて感じたものだ。

 さて、ローマという街は、世界一といっていいくらいの観光都市として機能している。中心部で観光業を営む人や店員は、ある程度英語が話せる人が多い。外国人は大抵旅行者だと思われ、英語で話しかけられる。

 私もローマにいれば外国人だ。中心部で買い物をしていると、私がイタリア語で話しかけないかぎり英語が使われる。少しでも英語で言われている内容が理解できてしまうと、そのまま英語で答えたほうがいいのかもしれないと悩んでしまうこともある。イタリア語が慣れなかった頃は特にそうだった。イタリア語でわからない単語でも、英語に直してもらえばそれが何を指しているかわかることも多々あった。英語の文法は使いこなせなくても、単語は学生時代の覚えたぶんで少しだけわかるのだ。だから、イタリア語がよくわからなかった頃は、よく現地の人とイタリア語と英語のチャンポンで会話が進むこともあった。

 イタリア語がある程度慣れた頃から、英語で話されても「イタリア語がわかるから、イタリア語で話してほしい」と、先にお願いするようになった。すると大抵の人は、イタリア語がわかるのねと、肩の力を抜いて話してくれる。イタリアの人にとっても、自国の言葉で会話できるほうが安心するようだ。私も英語よりイタリア語で話してくれるほうが、ホッとする。イタリア語を使われてホッとするほど、イタリア語に慣れた自分に毎度驚く。

 一方、それでも外国人に対し延々英語を使うイタリア人もいる。外国人はとりあえず英語で話せばなんとかなると思うのだろうか。私は英語のほうがわからないし、よそよそしく感じるので少し困る。しかし、英語の耳慣れにも良いと思うときもある。

 英語は、現在ほぼ世界の共通言語だ。他方、私が知っているイタリア語はほぼイタリアでしか使えない。音楽など芸術面では使えるかもしれないが、私には遠いジャンルで、後に活用法といえばフランス語やスペイン語、ラテン語を学ぶときに少し役立つくらいだろう。役立つ言語で考えれば、フランス語とスペイン語のほうを学ぶべきだったろう。フランス語はアフリカ大陸で使え、スペインは中南米で使えるからである。しかし、インスピレーションだけでイタリア語を学んでしまったのだから仕方がない。

 そして、イタリア語が慣れて余裕がでてくれば、次は英語に興味が向くのだ。私の専属イタリア講師化しているマリナが、英語を一所懸命学んでいるからかもしれない。そして、英語が話せればいいのになあ、と思う場面にたくさん出会ったからでもあった。イタリアを旅行しているときに、アメリカ人旅行者やドイツ人旅行者が英語で話しかけてくれたり、ドバイに立ち寄ったときも、砂漠ツアーで一緒になったグループは皆英語で話していた。英語の話せない私のことを気づかってくれるたびに、少し申し訳ない気持ちになった。特にドバイ旅行では、この中にイタリア語が使える人がいればいいのにと思ったものが、シンガポール人の元気なキャリアウーマンのおばさま、出張ついでのドイツ人男性、アメリカ人カップルだったわけだから、どう考えてもイタリア語と縁がなかった。むしろ英語は話せないのに、イタリア語は使える日本人ということで、不思議に思われたのである。

 英語を学びたい。こうした場面に出会うたびに、そう痛切に感じる。そして、思うのだ。日本語から英語を学ぶのは大変な労力がいるが、イタリア語を通して英語を学べばまだ楽なのではないか。英語とイタリア語は20%も似ていない。しかし、同じアルファベットを使う言語だ。文法も30%くらいは似ている。双方とも主語、動詞、の順となる言語である。おそらく、イタリア語で書かれた英語の入門書で英語を勉強したほうが理解も早いだろう。

 私は英語が本当に嫌いだった。英語という言語は表現力に乏しいと思ったのが、学ぶ意欲を激減させた。イタリア語は、ひとつのフレーズを言いたいときに、人の個性や場、状況、気持ちにあわせて数種の言い方が使える。英語が堪能なイタリア人の友人と、「英語は表現力がとぼしくて、事務的だ」という話で盛り上がったこともある。ただイタリア語は使い方に個性を出せる分、英語よりも複雑で難しい。そして日本語は文法の組み立て順に細かい規則がないため、イタリア語以上に、台詞を自由に組み立てられる無節操な言語だ。正月マリナたちと一緒に過ごしていたときに、日本語はアルファベットが三種あって、文法は欧州の言語のようなかっちりした決まりがないことを話した。マリナの友人の息子の嫁である、ロシア人の女の子はそれに驚いて訊いてきた。

「日本語を習得するまで、学校で何年国語を習うの?」

 小・中学校の九年間が基本だというと、ロシアと同じで「アルファベットを三種類学ぶことがはじまるのに、そんな短期間で学べるものなの?」と驚いていた。よく考えると、英語などのようなしっかりした文法がない言語であれば、当然文章を組み立てられるのは難しい。しかし私たちはたった九年で基本を学び終えるのだ。恐ろしいことである。おそらく教育カリキュラムは、他言語とは違う母国語の教え方になっているのだろう。日本語は特異すぎる。日本の常識は世界の常識といわれているが、群を抜いて非常識なのは日本語であると思う。

 ネイティブでない言語を学び、その言語で自分の思い描くことを表現するということは複雑で難しい。私は基礎言語が自由の利きすぎた日本語であったせいか、英語の文法がパズルのように感じて嫌だった。自分の言いたいことを、決められた文法と単語でしか表現できない窮屈さを感じたのだ。今思えば、日本語だからこそできる自由な表現に甘えていたのである。

 今は英語でも、英語なりの良さがあって、決められた文法規則の中でも精一杯の表現を生み出しているのだと思っている。事務的でおもしろくない言語だと今は思っていない。素敵な言い回しもたくさんあると知った。イタリア語を通して、英語の良さを見出せるようになったのだ。
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by gosuiro | 2012-12-06 01:17 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)
【ROMA留学エッセイ番外7】人種のおもしろさ
 今回のエッセイはタイトルのまんまです。軽めにどうぞ(笑)。前回の「欧州における世界二次大戦の痕跡」はコチラです。

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 私の借りている部屋の家主、マリナは前世が日本人だったのかというくらい気配りの人で、几帳面の綺麗好きだ。娘のエレナはどう見ても性格がイタリア人だが、マリナは違う。そうしたエピソードがたくさんある。

 ある夏の日にマリナと私が一緒に出かけていたときだ。彼女は買ったばかりのおろしたての黒いスカートをはいていた。膝よりこぶし二つ分ほど長い丈のスカートだ。後ろの部分は、同じ黒を基調にした別の柄物の生地を使っていた。それは良いアクセントになり、黒のスカートをエレガントな印象に仕立てている。

 マリナは、道中そのスカートを見て驚いていた。

「このスカート、膝から上、シースルーになって透けているじゃない!」

 後ろの柄物生地は、シースルーだったのだ。しかし、生地自体は膝の少し上までしか使われておらず、スカートの露出は少ない。日本でも売られていそうなスカートだ。しかも、ここはイタリア、マリナはイタリア人。イタリアには、全身赤い服を着たおばちゃんや、ミニスカートにブーツで歩く明らかに50歳をこえている女性(!)や、もうなんでもありの格好をしている人がよくいる。着たい物を着ている、という発想がまかり通る国だ。そして、私はイタリアのおばちゃんが膝上のスカートで生足をさらして歩いている姿にすっかり見慣れた日本人となっていた。

「このスカート黒だし、透けてるなんて全然わからないよ。しかも膝上って、少し上なだけじゃない」

 そう言っても、マリナはショックだったようだ。

「こんな、はしたないわ。膝を見せるなんて恥ずかしい!」

 マリナの物の考え方は本当に日本人寄りだ、と、このときしみじみ思った。好きな服を着ればいいではないか。イタリアなのだから、服のセンスについては日本より100倍くらい許容がある。おばあちゃんくらいの人がミニスカートを履いていてもOKの国だ。しかし、マリナは嫌だったようである。

 この手の話は別にある。マリナが銀行に行くと言ったときのことだ。ATMに用があった私は、銀行に行くというマリナに同行した。なぜ銀行に行くのか、彼女はお札を一枚取り出しながら説明してくれた。

 そのお札は、一箇所がやぶれて欠けていた。

「この破れているお札、普通に使えるのよ。でも、受け取る人が嫌な気持ちになるでしょう。だから先に銀行で取り替えるのよ。面倒だけど」

「……それ、イタリア人じゃなくて日本人の考え方だから」

 私は彼女の回答に呆れながら、いつもそう返すのである。

 こうしたことは、本当によく起きた。マリナは人の気持ちを先読みするのが得意だ。日本人並に『空気を読む』。性格もイタリア人の娘エレナは、そんな母親のことを『頭でっかちで、理性的すぎる』と称する。娘は母親からすれば、『感情的に動きすぎ。見てて心配になる』という。

 正反対の性格の親子二人だから、たまに物の考え方の違いで言い合いになっている。感情的にスラングなどを使ったり吠えるのはエレナだ。イタリア人がキレるときは、私の知っているかぎり大抵そういうキレ方をする。ギャーギャーわめいて、後スッキリという感じだ。一方、マリナはそういう怒り方をしない。感情的な怒り方を今まで耳にしたことがない。あくまで、理由と根拠で相手を諭そうとする。やり方がどちらかというと日本人に似ているのだ。実際、日本人並に空気を読む理性的なイタリア人もいる。陽気で自由な人ばかりではない。内気な感じの子がいるのも知っている。

 国民性というものは絶対に存在すると思う。しかし、実際住んでみてその国に住む人を知れば、本当に個人個人は個性豊かで十人十色なのである。国の広義的な気質はあるものの、全員がそれには当てはまらない。イタリアにはやさしい人もいれば、やさしさに裏がある人もいる。ポジティブな人もネガティブな人もいるし、控えめな人もいれば、攻撃的で根が打たれ弱い性格の人もいる。そのあたりは日本人も変わらない。人種が違っていても人間であることには違いないのだ。

 どんな人種でも自分と波長があう人はいるし、もしかしたら日本よりも波長のあう国があるかもしれない。変な固定観念や先入観をもって世界を見てはいけないなと、海外に住んで本当によく思う。

 一方で、その国における国民性は、その国を知る導入としてある程度知っておかなければならないとも思う。国の気質や文化、歴史、風土は少しでも頭にいれておかなければ、損をするのは自分だ。経済戦略でも同じことがいえるだろう。特に日本は、なぜか世界の常識と大きくズレているところがあるから、用心して情報収集すべきだろう(情報収集は心配性で物事の合理性を好む日本人の国民性として得意なはずだ)。

 また、各国の国民性として得意・不得意はある。イタリアの国民性にも、当然得意・不得意はある。得意なのはデザインセンス、不得意なのは計画的に物事を組み立てることである。プライベートだと特に、約束がある前日に「ごめん、延期して」という趣旨のメールがよくくる。しかも、それは一回ではなく何度も繰り返す。私もそれをイタリア人の友人にされたことが、度々あった。ちなみに、マリナはそうしたことがほぼない。

 ただマリナ本人も、イタリア人は本当に計画して実行することが不得意だと嘆いている。だからこそ、イタリア人はすべて合理的に計画して動けるドイツ人にものすごく憧れを抱いているという。一方、ドイツ人は融通がきかず、自由な発想で生きるイタリア人に強い憧れを持つのだそうだ。

 それを聞いて私は思った。日本人は合理的で計画して動ける人種だ。むしろ慎重すぎるところがある。一方、融通はドイツよりはきく。今はかなり廃れてきているが、元は「義理と人情の国」だ。ちなみに、イタリアは義理をあまり果たせないところはあるが、人情を大切にする国である。

 合理的、計画的なのに融通がきくとなると、日本はイタリアとドイツの間にいる性格となる。もしかして、日本人ってけっこう誇れる良くできた性格なのでは……と、私はマリナの話を聞きながら自国の国民性の評価をあげたものだ(ただし「義理と人情」が日本の国民性として機能していることが前提だ。今は廃れてきているから、悲しいものである)。

 最後に……海外に住んで日本を見て、本当におもしろい国だとつくづく思う。

 もし、日本は欧州から見れば本当に遠い国だ。欧州版の世界地図では右の切れ端にちいさく載っている程度だ。昔は最果ての国と思われたであろう。その日本が鎖国の途中で天変地異で滅亡したり、他国に滅ぼされていたとすれば、欧州に日本の存在は詳しく知られることはなかっただろう(現に、古いイタリアの歴史本では、日本の歴史が開国以降しか書かれていない。開国以前は未知の国扱いである)。

 日本が先に滅んでいたら、見つかったときはインカ帝国と似たように、特異で高度な技術を持っていながら滅んでしまった未知の国として、他国の学者たちが興味を抱いたのではないかと妄想してしまう。それくらい、日本は世界でも変わった国だ。生きた化石のような国なのである。その特出すべきものが、日本人の使う日本語なのではないかと思う(そして日本語のせいで、英語などの欧州言語取得に時間がかかるのでは……とも考えてしまう)。

 もし鎖国中に日本滅んでいたら、日本語の仕組みを知る人はいなくなる。発掘された文書の解読は、他国の学者たちが行なうことになるが……世界でも唯一かもしれない書き文字を三種も駆使する日本の言葉を、日本人の手なしで解読することはほぼ無理だろう。それくらい私たちの日ごろ使用している日本語は、世界トップレベルで難しい不思議な言語なのである。
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by gosuiro | 2012-09-19 23:48 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)
【ROMA留学エッセイ番外6】欧州における世界二次大戦の痕跡
 イタリアに住んでいて一度は気づく歴史のこと。今回は、少し重いけれど目をそらしてはいけない「戦争」について、語学学校の一場面から感じたことをエッセイにしました。前回の「海外のオタク組をオタク視点で」はコチラです。

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 通っていた語学学校で、生徒が四人だけの少人数クラスになったときのことだ。教室には、円卓を囲み日本人である私と、ドイツ人の女の子、トルコとポーランドの男の子がいた。

 皆ある程度イタリア語を理解して話せるメンバーのクラスで、同じひとつのテーブルを囲み普段のごとくイタリア語を学んでいた。講師はナポリ出身のおじさん先生。この先生は割合テキトーに授業を進め、勉強範囲が片付くと延々雑談をはじめるような先生だった。南イタリアの中で一番冗談好きな気質のナポリ人であるからか、授業は勉強第一というよりはイタリアらしいまったりした雰囲気で進んでいった。一般の学校の先生がこれではいけないだろうが、イタリア語を習うローマの語学学校である。文法の勉強も確かに大切だが、実際は雑談をしているほうが身になるのだ。ネイティブの言葉の使い方もわかるし、話を振られるわけだから自分の意見をイタリア語で話さなければならず、逆に頭を使う。

 この先生が、ある日ドイツの女の子と私を指差した。

「このクラスは、第二次世界大戦の枢軸が揃っているね」

 そして彼は、自分を指差した。まさにその通りである。第二次世界大戦の話を持ち出されると、少し気まずい。とてもナイーヴで、うまく説明できない話だからだ。日本がしてしまったことも私は知っているし、原爆や本土決戦のことも知っている。なぜなら私の母方の親戚はほぼ皆沖縄県におり、戦争の話は祖母などから聞いていた。戦争にまつわる慰霊碑も幼い頃から観に行っていた。原爆についてよく知っているのは、私が広島に二年間住んでいたせいだ。小学校で原爆について学ぶ機会があり、原爆資料館も何度も足を運んでいる。長崎にも同時期に旅行している。小学生の多感な時期に、第二次世界大戦の悲劇を叩き込まれていた。正直、今でも軽いトラウマになっている。

 しかしながら、それらが私に気まずい気持ちを起こさせるのではない。私よりもドイツの女の子のほうが、気まずい表情をしていた。なぜなら、同じテーブルにポーランド人の男の子がいたからだ。この戦争で最も犠牲者を出した国である。原因はナチスドイツの政策だ。そして日本はそのナチス側についた国だ。私たち二人が顔に見せた気持ちは、どこか似ているものだっただろう。

 欧州は、いまだに第二次世界大戦の惨劇がしっかり人々の胸に根付いている。少なくともドイツの人たちと膨大な犠牲者が出た国々は、今もあの非道な過去を忘れていない。私は日本から客観的にその歴史を学んだが、実際欧州に住んで、第二次世界大戦の傷跡が今も色褪せないと知った。

 その象徴的な日が、1月27日である。この日は、あまり日本では知られていないが「国際ホロコースト解放記念日」である。ヨーロッパではメモリアルデーといわれていた気がする。また、ヨーロッパでは一般的に、ホロコーストのことを「ショア(SHOAH)」と呼ぶ。私も、イタリアに住むまでまったく知らなかった記念日であり、呼び名だった。

 このことを知ったのは、マリナと一緒に暮らすようになってまもなくの頃だった。寒い一月の最終週の夜、映画好きのマリナと二度テレビで放映されていた映画を観た。『アンネフランク』と『戦場のピアニスト』だ。日本でも観ているものを、イタリア語で観た。……双方、ユダヤ人絶滅政策を題材にしている映画だった。

 他にもその時期のイタリア国営放送では、第二次世界大戦のドキュメンタリー番組がよく放映されていた。何も知らなかった私は、なぜここまで戦争に関係した番組が多いのか、家主のマリナに訊いたのだ。そして、彼女からこの週が「国際ホロコースト解放記念日」だと教えてもらったのである。イタリアでは、毎年一月最終週にホロコーストにまつわる番組が多く放映される。過去にあった残虐な事実を、忘れないように何度も放映している。日本で8月になると戦争にまつわるドラマやドキュメンタリーが増えるのと似ている。

 語学学校でも戦争の話になると、かならずクラスに一人いる生徒のドイツ人が何かしらの発言をしていた。印象では元西ドイツ出身よりも、元東ドイツ側出身のほうが、あの戦争を重く受け止めているように感じた。元東ドイツ側は、その後続いた冷戦から、より複雑な心情を持ち合わせているのだろう。一方、ポーランド人がクラスにいて、こうした話になっても、彼らは落ち着いているように見えた。しかし、第二次世界大戦時の何月何日に何が起きたかといったことは、しっかり覚えているようだった。忘れたくても忘れられないだろう。ポーランドの歴史は、調べれば調べるほど重い。言葉で言い表せないほどの悲劇と、それでも生きていこうとする国の力強さに感嘆する。

 一方で原爆のことを知っている欧州の人もいた。第二次世界大戦後、ナポリにアメリカ軍が常駐するようになった話を、語学学校の講師やマリナから聞いて、沖縄と一緒だと言ったこともある。
 ナチス、という言葉は、今もタブーな言葉であるかのように欧州にいると感じる。この三文字に内包されている意味の中身が、あまりにも重過ぎるのだ。皆あの悲劇を知っているから、言葉に出しにくいのだろう。日本の原爆のように、半分忘れ去られ世間にあまり出てこないものとは違う。ナチス関連の話題が社会にでてくると、欧州レベルで大事になる。一方でその重さに暗い魅力を持ってしまう人もいるし、ひどいと「大虐殺などなかった」という有り得ない主張をしている人もでてくるのである。

 忘れられることのない悲劇というのは、何度思い返しても悲しい。しかし、根深い重さが「戦争を繰り返さない」抑制力になっているのだとも思う。哲学的に話になるが、「ゆるす」という概念は、「ゆるされた瞬間に終わるもの」ではない。「ゆるす」という行為は、過去形ではなく、常に現在進行形の動詞なのだ。

 たとえで、被害者(ゆるす側)・加害者(ゆるされる側・ゆるされたいと願う側)という立場をつくるとする。「ゆるす」という行為は、被害者(ゆるす側)が「ゆるし続けるかぎり、ゆるされる」だけの話であり、被害者が「ゆるさない」と思い直せば、話はいつでもゆるされる前に戻る。おきてしまった事実に立ち戻る。加害者(ゆるされる側)は、被害者(ゆるす側)に「ゆるされた」からといって、してしまった行為を忘れてはいけない。「ゆるす」という行為は、加害者(ゆるされる側)が、自身がしてしまったことを忘れた瞬間に白紙となるからだ。

 つまり、加害者がゆるされたいと願うのであれば、被害者(ゆるす側)からゆるされ続ける大前提として、加害者(ゆるされる側)も自身のしてしまった行為を一生忘れてはならないのだ。それが、再発防止につながっていく。そして、被害者(ゆるす側)と加害者(ゆるされる側)が、それを他の人々に語り継ぐことで、他者たちも危機意識を持ち再発が防止される。「ゆるす」という行為は、そこまでしてようやく機能するのだ。完結はないのである。

 本当に「ゆるされた」という行為に完結する瞬間というのは、被害者(ゆるす側)がやられてしまったことをすっかり忘れたときだが……通常、やった側よりやられた側のほうが覚えているものである。真に「ゆるされた」となるのは、とても難しいことなのだ。

 戦争が起きた事実と目を覆いたくなるほどの凄惨さは、戦争を知らない世代であっても、語り継がれたものとそのときに感じた衝撃を、胸の中に残し続けさせなければならない。戦争の凄惨さを皆で生かせ続けなければならない。それが、悲劇を繰り返さない第一の抑止力になるのである。

 日本人にはこの感覚が薄い。戦争をしていた頃がまるで遠い。加害者であり被害者であった過去を、もはや過去として処理している。その点欧州は現在進行形で戦争(第二次世界大戦)と向き合っている。日本では戦争悲惨映画について大きな関心が寄せられないのだから、まず輸出するかたちで欧州あたりに売り込んで(カンヌ映画祭など欧州映画祭に主品する目的で毎年つくり、各欧州映画祭で日本の戦争で起こされた悲劇の映画を上映するだとか)、評価をもらって逆輸入するといいのかもしれないと思ってしまう。少なくとも、日本の原爆などに関心のあるヨーロッパ人はいるのだ。

 さて、第二次世界大戦時の枢軸三国がクラスに揃い、三人でポーランドの男の子の反応をうかがったが、彼は「今のポーランドは、だいじょうぶだよ」と当たり前の口調で言ってくれた。それに三人でホッとしたのだ。どちらにせよ、こういた経験を繰り返して、ドイツ人の第二次世界大戦にまつわる発言よりも、ポーランド人の多くは語らない微笑と沈黙のほうが、私には心に強く響いたのである。
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by gosuiro | 2012-08-13 23:15 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)
【ROMA留学エッセイ番外5】海外のオタク組をオタク視点で
 今回は、海外に住む中でオタクとして感じたことをつらつらとライト(万人受け)に書いてみました。でも、本来の書いている本人はもっとエログロよりのオタクです(笑)。前回のエッセイ「イタリアで学ぶ、日本に合ったグローバル化」はコチラ。少し内容は連動しています。そして、ご閲覧・拍手ありがとうございます! 感謝しております!

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 突然だが、私は根っからのオタクである。コミケという単語が一般化してきているが、そうしたところによく遊びに行くような種類の人間だ。むしろ創作して売っていた側(それこそオフセット搬入稿とかしていたもの)である。さらにライブは好きでジャパニーズロック(ロキノン系)からヴィジュアル系(V系)などには山のように通った。ライブ遠征を散々してきたせいで、日本全国の土地は津々浦々で知っているし、気に入っている街にはよく足を運んでいる。その上、ロリータ服が好きで、私の通常着のカテゴリーにはロリ服があたりまえのように存在している。三つの趣味は中学生のときからのもので(ロリータ服は大学生からだが)、計算しなくても三つの趣味で散財した金額は、イタリア留学で使用した金額を軽く上回るだろう。おそらく二倍くらいは使っている。筋金入りなのである。

 この三つの趣味は、基本的に日本でしか確立しない。つまり私のようなオタクの場合、海外に出る必要がなくとも「日本が天国」なのは事実であり、むしろアニメ・マンガ・V系が好きな外国人から、私は完全に羨ましがられる存在だ。オタクは日本から出ている余裕はない。ライブやイベントのために、日本を離れている場合ではないのだ。

 私自身も海外生活を行なう上で、自分の三つの趣味としばし別れを告げなければならないことが苦痛だった。それこそイタリアに居ても、バンドやオタク的活動の動向はちくいちチェックしていたほどだ。ひどいときには、イタリアから通販で国内の住所に送付してもらう手続きまでしていた。結局切り離せなかったわけである。

 さて、イタリアのローマにも、当然ながら日本のアニメやバンドが好きな人たちがいる。日本の誇るカルチャーのひとつなのだ。イタリアでもV系が好きな子たちの黒ずくめな服装などは、日本でよくみる女の子たちのコーディネートとあまり変わらず、雰囲気も騒ぎ方もあまり変わらない。イタリア人でその手の人たちに出会ったのは大学生が多かった。しかし、アニメは好きだけどBLは嫌い、アニメは好きではなくてV系がいいなど、趣向もそれぞれだ。

 日本のアニメはイタリアで数多く放送されている。昔のアニメからロボットもの、さらに最近つくられたものまで普通に放映していて驚いたものだ(当時私が見ていたのは創聖のアクエリオンだった)。マンガも伊訳されているものが大変多く、雑誌屋(エディコラ)や本屋で普通に売られている。彼らは近年の作品に詳しく、ネットなどで情報や映像を見ているようだ。

 彼らの日本アニメ・マンガ・バンドの思い入れを聞くと、日本のソフトなオタクのレベルとあまり変わらず、微笑ましくなってくる。昔私もそんな風に友人たちと盛り上がったなあ、と、共感できてしまうのだ。逆に、V系と漫画にやたら詳しい日本人が、わざわざイタリアくんだりまで留学してくるほうが珍しい。

 日本のアニメが好きな大学生の一人には「普通、有名でない漫画のタイトルをわかる日本人は来ない。バンギャルでオタクのひとが普通イタリアに留学して来ない」と、言われたほどである。私も実際そうだと思う。オタクでバンギャル(V系が好きな女子)であれば、日本から離れる余裕がないのだ。

 好きなもの、好きな趣味を前に人種は関係ないと思うが、私が見たかぎり、欧州のV系好きのほうが容姿から入る気がしていた。楽曲と容姿をふくめたバンドの姿を愛好しているのだ。同じようにジャニーズ系も一部で人気がある。女の子たちが容姿を重視するのは、人種的な部分に理由があるのだと思う。

 日本人男性は、成人しても、ある程度は人によって化粧の仕方によって女性に間違われてもおかしくない美しさを備えている。それは基本的に欧州ではあり得ない話だ。少なくともイタリア人のオトコは青年になるとまさにオスになる。どれだけ可愛かった子役の男の子も、青年になると少年性や中性的な部分が一切なくなるのだ。毛深くなるしムサくなる。

 一方、日本では中性的な装いの男子が好まれる文化もあるし、アジア系らしく極端に外見が変化しない。その上、細身が多い。中性的なオトコを好む人ならば、人種関係なく特化したジャニーズやV系に、そうしたものを求めるかもしれない(ちなみに私は元々、中東・ラテン系の濃い感じのほうが男の容姿としては好みである)。

 個人的にはアニメとバンドとジャニーズは別個のものなので切り離して親しんでほしいところだが、顔や容姿といったビジュアル面からその世界を好きになったのならば、簡単に切り離せないものかもしれない。最初は顔やキャラクターでも、やがて音楽、物語、世界観、それらをふくめて好きになればいいと思うし、好きになる経緯は日本人も外国人も変わらない。

 イタリアでも日本のV系バンドの楽曲が好きと公言する男の子もいる(彼はstadsが好きだった)。語学学校に向かう途中、地下鉄B線の駅でDIR EN GREYのツアーTシャツを着たイタリア人の女の子を見てびっくりしたり、ヘタリアのバッヂ(ハンガリーちゃんと伊兄弟)をつけたバッグを持つイタリア人の女の子を見て話しかけたくなったり、……個人的には、人種や環境が違っていてもそうした子たちを見ると親近感がわいた。そして、「日本で生まれたカルチャー」として、このサブカルチャーが一目置かれていることに驚くのだ。

 日本は欧州から見れば「遠すぎるし、文化が違いすぎる極東のちいさい島国」のイメージだ。アジアのよく変わらない場所(実際欧米の世界地図で、日本は右端っこにひっそり位置している。まさに世界の果てのイメージである)でありながら注目され、彼らの好奇心をかりたてる日本はすごい国なのではないか、と欧州から日本を見て思う。アニメは特に日本人の国民性が現れている。エレクトロニクスの技術や文化をとっても、日本人の気質は素晴らしいと思われていることが多いのだ。

 アニメや漫画、V系音楽などのサブカルチャーは、世界の目を日本に向けさせる重要な発信手段のひとつになっていることは間違いない。このジャンルに偏見をもつ人は多いだろうが、海外の人に日本への興味を持たせる第一歩として貢献しているカルチャーを、日本人自身が認めることができれば、それこそグローバル意識を一歩高めたことになるといえるだろう。日本人は、海外で評価される日本固有のカルチャーをもっと認めて誇りを持つべきだと思うのだ。
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by gosuiro | 2012-07-08 23:32 | ROMA留学エッセイ | Comments(2)
【ROMA留学エッセイ番外4】イタリアで学ぶ、日本に合ったグローバル化
 今回は、海外に住んで何度も日本を一時帰国した際に感じたことを中心に……日本らしさを再構築して考えてみました。前回のエッセイ「イタリアの地域性と誕生日」はコチラです。ご閲覧・拍手とてもありがとうございます!

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 私はイタリア留学の間に数度一時帰国をしている。理由は日本にいる家族に関係したこともあるし、円高で金銭面に余裕ができ、個人的に帰りたいから帰ったというどうでもいいことで一時帰国したこともある。元々欧州比較文化を体得したかったわけだから、この行き来は自分の物の見方が変わっていくことを知れる、ひじょうに良いバロメーターになってくれた。

 イタリア語とその生活に慣れてくると、日本が客観的に見えてくる。よくインターネットでイタリアから日本の出来事やコラムなどを見るが、日本にいたときと視野が変わる。たとえば、公的なコラムを見ていて、国際社会に関してのものを読むこともあるが、時おり、こ人は本当に欧州のことや考え方をわかっているのかな? と、疑問に思う文章を見つけることもある。

 私は母国である日本が大好きだが、イタリアに住んでいる間は永住するくらいの覚悟で生活している。彼らのものの考え方、食生活、習慣、性格をできるかぎり知り尽くしたい。彼らが当たり前だと思っていることを、私も当たり前にやってみたいのだ。自分の持つ包容力一杯に一度受け入れて、それが自分にあわなかったときは次から拒否すればいい。

 はじめから拒否していては、何もはじまらないと思うのである。人間関係も同じだと思う。扉を閉じて拒否することは簡単だ。損するか良い縁となるかは、扉を開けて入らなければわからないのである。貴重な体験になるかもしれないチャンスを自分から拒否するのはバカげていると私は思うのだ。

 だから、イタリア生活では、よほど後で悪いことが起きると知れるもの以外は、「どう? 」と言われれば、極力イエスと答えるようにしていた。おかげで、たった一年の生活だけでも、イタリア籍、多国籍の知り合いは増えたし、お店の人で顔を覚えてくれて声をかけてくれるようにもなった。人間関係を大切にするイタリアに来ているのだ。私はローマで根付くような人間関係をつくりたかった。大変なことだが、そこから得るものは大きい。そして、根付くような人間関係をつくるきっかけをもたらしてくれたのは家主のマリナだった。彼女は、私の一番の友人だ。

 さて、日本に一時帰国すると、本当によく思うことがある。

 この国は、まるで鎖国のようだ。

 事実、江戸時代に日本は鎖国していた。しかしこの鎖国は、他の社会主義国家がしていた鎖国とは異なる。海に囲まれているということもあるが、日本の国民性として、そもそも鎖国が可能な気質なのである。おそらく、日本以外の国から日本は「社会資本主義国家」だと思われているだろう。今や妙なグローバル化が振興したせいで、ますますよじれた性格になったが、元は国民が全員中流家庭になることを望んだような国民性である。その考え方は、どちらかというと社会主義に近い。協調と安定を第一に求めるのだ。欧米のような個人主義に近い考え方の正反対をいく。

 そして、欧州という世界から日本を見て、ものすごく不思議な国だと思うのだ。日本人が常識だと思っていることは、世界で非常識だ。彼らの考えつかないことを常識的なマナーとしているのである。

 グローバル社会だから、国際性を身につけるべきだというが、元々世界の非常識が常識の国に、国際性を身につけさせることは難しい。鎖国したほうが楽なのだ。世界の常識は日本人にとって非常識になるから、受け入れがたい。引き籠っていたほうが、自分の世界で生きていける。

 しかし、すでに開国している。正直な話、これだけ世界のスタンダートに沿わない常識を持つ国が、これほどまで経済発展できた理由は、日本の技術力の高さと、世界の常識に沿わない独創的なものの考え方をしているせいで、他国では発想つかない商品を生み出したところにある。「ものづくりの国、日本」であることは、世界から見ても確かだ。特に、代表すべき日本車が、世界一の性能を持っていることは事実である。日本で外車を買う人の気持ちがまったくわからない。外国では、日本車が高級車ブランドの扱いになる。実際、ドバイの砂漠ツアーで使用されていた車はすべてトヨタ車だった。毎日乱暴な運転で大量の砂を巻き上げ大砂原を走っても故障しないから、全部トヨタ車だったわけだ。

 日本人は自分たちのものを卑下するところから入る。隣の芝生は青い、の国民性だ。しかし世界から見れば、日本料理はヘルシーでダイエットにいいと言われている国の料理で、日本のアニメは本当に世界中で放映されている。彼らは日本のアニメだと知らずに見ているくらいだ。特異な文化は愛されている。皇室があることが、歴史と文化のある国という印象を強くする。

 日本の技術力と繊細さは、褒めるよりも叩き上げられてつくられたものであることも事実だ。元々細かいことを気にする性分もある。日本人は世界の中でも、トップレベルで細かいことを気にする。しかも、空気を読むという言葉があるほど、場を乱すことが嫌われる。

 この「空気を読む」という習慣が、世界の非常識にあたる。欧米では、「自分の意見をいう」ことが一番大切だ。相手がどう思っているかはどうでもいい。それで相手が傷つくかどうかは、とりあえず脇において主張するのだ。空気を読むという言葉と、正反対のところをいく。

 日本人は、ディスカッション能力と意見して実行するパワーがないというが、「空気を読まなければならない」前提があって、意見や主張をしろというのは無理な話なのだ。しかも日本の教育では、主張よりも協調を重視する。

 ちなみに主張できることは、個性があることとは違う。人間は生まれたときから皆個性を持っているのだ。一人として同じ人はいない。没個性的という言葉があるが、それはただ個人を没個性的にさせるような状況に日本社会全体がつくっているだけだ。「空気を読まなければいけない」社会であれば、考えて反抗して自分はこうであるという個性の表現を続けるより、没個性的なほうが楽だ。平穏な生活ができる。

 そうしたものの考え方がある日本に、いきなりグローバル化を進めるのは不可能だ。日本人に日本人をやめろと言っているのと同じだ。しかし、日本人の気質はやめられない。だからおそらく、大企業は日本人より世界基準でものを見れる(世界の常識で生きる)留学生たちを採用するのだろう。日本の常識は、世界の非常識だからだ。企業は国際社会の中、世界基準で物事を考えなければならないから、日本人の持つ常識はいらないのだろう。

 だが、この日本人のもつ「常識」が、新しい技術を生んでいるということを忘れてはならない。それを、今社会に出ている人たちは知らなければならない。若者に発想力がなく使えないというが、そうした若者を教育でつくってしまったのは、そう発言する大人たちなのだ。誰が悪いといったら、そうした教育を止めることができず、先見性もなく、つまり元から国際性のなかった先人の日本人たちだ。

 国際性というが、日本人の持っている国際性はすでにおかしい。欧米のものがすべて目新しく良いように見えているのだ。隣の芝生は青いわけだ。そして、隣のその芝生の一点に枯れているところがあっても、見ないふりをする。

 本当は日本の芝生も青々としている。隣人は彼らが隣の芝生に気をとられている間に、日本の青い芝生から一箇所くすねて、枯れた部分に植えているのである。そういうことが平気でできる国は多い。ちなみに、日本はそうしたことができない人種だ。私なら、やり返してもいいと思うのに、日本人はとられたものは仕方ないで済ます。隣人と取った取らないで戦いたくないのだ。世界からすれば、これが非常識になるわけである。彼らはやられ損を好まない。

 日本には「出る杭はうたれる」という言葉があるが、それを世界基準にあてはめると欧米の民衆すべてが「出る杭」になる。古くから「出る杭はうたれる」という言葉があるくらい、日本文化は協調性と連帯感を重視する文化だ。日本人にグローバル化しろといっても難しいし、日本の変わっている面が欧米の人々に愛されるわけである。日本人のように空気を読んで人の意見を反論せずに受け入れる(聞き流すにも近い)、人にあわせる気質は、世界の非常識だ。欧米の主張する文化と間逆をいく。

 しかし、正直にいえば「主張する」ほうが簡単だ。人の気持ちより、まず自分がどう思うかを伝えるほうがシンプルだし、人のことを考えなくて済む。できるならできる、できないならできない。やりたい、やりたくない。主張は子どものほうが得意だ。日本人の場合「周囲のことを考えて、発言する」という、より高度な業が要求される。頭をかなり使うしストレスも溜まるし面倒だ。それに、日本人は「言ったからにはやらなければならない。やらなければ信用問題に関わる」と思ってしまうが、欧米的に考えると、それは考えすぎになる。世界の考えからいえば、やれると言っても、やれなかったら、やれないで終わりである。主張するときに信用問題まで考えていない。できなくても別に詐欺にはならない。

 日本人は人間関係に、本当に頭を使う。受け入れることは主張することより難しいのに、日本はそれを当たり前に強要する社会なのだ。グローバル化しろというのならば、その強要をまず取り払うことから先だ。そして、人や物や行為に期待してはいけない。そして、期待にこたえなくてもいい。主張はしてもいいが、法でしっかり規制される。国際化というのはそういうことだと思う。

 とはいえ、それを実行したら日本人ではなくなる。シンプルだが、連帯感もなくよそよそしい。日本人は日本人でいいと思う。私はすごく高等な場の読みあいして、我慢(妥協)と理性を使わせるこの気質が好きだ。少し大変だが、それが気持ちの繊細さをつくり、うまくいけば良い距離感の素敵な人間関係をつくれる。

 日本人がグローバル化ですべきことは、まず日本の常識が世界の非常識だということを知るべきだ。そして彼らの習慣やものの考え方の基盤を日本と比較して、その中でどうやって日本の常識を保ったまま、独自性を貫くかを考えて実行することである。愛国心ではなく、日本という国が世界でいかに変わった気質をもっているかを知ることが一番だ。

 そして、自分たちのもつ独自性に誇りを持って守るべきだ(守ることと鎖国することは意味が違うので注意)。また、他国の言うことを間に受けてはいけない。ひとつの意見として取り入れるべきである。国として本当に大切なことは取り入れる、それを見極める能力と、打たれ強さが最も必要なのだと思う。

 昔は、戦力を持った国が他国を征服した。しかし、グローバル社会では、経済力を使って他国を征服する。経済侵略は目に見えないところからはじまり、気づいたら日本はどこかの国の働き蜂に成り下がっていたということになりかねない。近い将来日本が本当にそうなる可能性もゼロではない。

 海外に住んで思う。帰れる国があるということは幸せだ。しかし、いつまで日本が帰りたいと思える国であり続けるかがこれからの課題である。海外に住んだ、永住したからといって、どこかのものになってしまった日本は見たくないだろう。海外に住む人も(ご苦労をかけることだが)、日本が独自性を保ったままグローバル化するお手伝いをしてくれればと思う。それが、真の愛国心だと思うのだ。
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by gosuiro | 2012-05-06 00:03 | ROMA留学エッセイ | Comments(2)
【ROMA留学エッセイ番外3】イタリアの地域性と誕生日
 今回は、イタリアにまつわる建国日と、イタリアの友人から聞いた州民性についてです。。前回のエッセイ「イタリア的ダイエット!」はコチラです。そして、拍手ありがとうございます!

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 イタリアの独立記念一五〇周年の日が、臨時の休日になっていることを私は知らなかった。それまで、どこのスーパーの張り紙にも手書きで、「三月一七日は休み」と大きく告知されていたが、平日に休みとはスーパー組合のストライキだろうと軽く考えていたくらいである。イタリアはストライキが多い。三ヶ月も暮らせば、ストライキの不便さが日常になる。しかし、その祝前日にマリナが私を見て言ったのだ。

「気をつけてね。明日はイタリア独立記念日で祝日だから、お店はほとんどやっていないわよ」

 この一言で、スーパーが休みの張り紙をだしていた意味を知ったのである。前年は祝日扱いされていなかったのだから、二〇一一年だけ一五〇周年を祝うための臨時祭日だったのだ。そして、イタリアがまだ若い国であることを知る。日本のように、国民が自覚する前から「日本」であり、外交が求められたときに日本と名づけられたような国とは異なる。イタリアの全国に散らばっていた都市国が統一を果たしたのは一八六一年、日本でいえば幕末の頃だ。その頃は世界の機転となる出来事がはじまる時期だったのかもしれない。

 イタリアの統一に大きく貢献した軍事家、ガリバルディはイタリアで大変有名な偉人の一人だ。それまでイタリアには多くの小国と都市国家が集まった地域だった。さらに南北に長く、北部は欧州の中心となった西欧に近い。ローマから南部はスペインやギリシャといった国に強く影響され、南欧の装いだ。日本の北海道から沖縄ほどの気候差はないが、人種の入り乱れ方と文化の独自性が地域ごとに色濃く残っている。

 イタリアにも、地域の人を皮肉にたとえる言い回しがある。マリナから聞いたものだが、ナポリ人はずる賢く陽気、ローマ人は腹黒い、ミラノ人は常に動き回っている、サルデーニャ人は現実主義、カラブリア人はなにを考えているのかわからない、リグーリア人はケチ、アブロッツォ人は頑固でねばり強い、ピエモンテ人は建前上手などなど地域性を表すなど、個性がはっきりしているようだ。

 それは日本でいう、江戸っ子は言葉は悪くケンカっぱやいが性格はさっぱりしている、大阪人は商売上手で抜け目ないが人情があるなどと称される地域性と似ている。イタリアの場合は、国同士が近くあちこちを他国に支配されていたことと、さまざまな民族がイタリアの地に住んでいたせいで日本以上に複雑なのだ。そのため、北部と南部では体格や肌、髪、目の色も異なるのである。日本でここまでの民族的変化はない。

 そのため、「イタリアが好き」といっても地域によって特色がありすぎて、単純に一言で片づけることのできない国である。地域性が大いに異なるからだ。日本から見て、イタリアといえばミラノやベネツィアなどを擁する北部を想像する人が多いのかもしれない。私にとって、イタリアはほぼ南部のことをさし、北部は美しいヨーロッパという位置づけである。私の中で、南イタリアは半分らしい装いではない。よりアフリカとアラビア諸国の影響を受けている場所だ。まさに文化の交差点なのである。

 それに南イタリアの持つ緩い雰囲気が、私の母方の実家がある沖縄北部の奥の奥、あのなにもない感じに似ていて安心できた。海外留学するならば、南イタリアしか考えていなかった私だ。北イタリアに暮らすくらいならば、他の国に留学しただろう。それくらい南イタリアは魅力に映ったのだ。実際住んでよかったと思う。

 一方、日本人に気質が近い家主のマリナは、ローマに住んでいながらミラノが一番性格にあって安心する土地だと再三言っていた。北部は確かにより正確に気品がある。日本人の気質にも近い。

 日本人のまじめで計画的な面はドイツ人に似ているが、反面で美食主義、快楽主義、義理と人情を好むところはイタリア人に似ている。イタリア人は欧州の中でも「周囲の空気を読む」ことのできる人種なのである。ドイツ人と北イタリア人を足して二で割れば、ある程度日本人に近いものができあがるだろう。マリナからすれば、思慮深くかたくなで現実主義だが、一度信頼関係を築けると最高の仲になれるサルディーニャ人が日本人に似ているのではないかと言うが、それは買いかぶりすぎなのではないかと思う。しかし、閉鎖的な島国根性は確かに似ているかもしれない。 

 さて、イタリア統一を祝う日があるのと同様に、都市や地域で制定された日を祝う行事がある。ローマ市は四月二一日が建国記念日になる。古代ローマ帝国から数えており、ローマ市はイタリア独立より二五〇〇年以上歴史が古い。日本のように、国がかたちを成してから県の祝日ができるという固定観念があった私にとって、国統一より都市の歴史のほうが古いということはとても不思議だった。都市ごとに個性がまったく異なるのも当然だろう。イタリアが世界文化遺産の宝庫であるのは、こうした都市の独自性が濃いこともあると思う。

 ちなみに都市の生まれた日(建国日というより、建都市日というべきか)の前後は、フェスタが開催される。ローマは毎年四月二一日前後、大々的に行われているから、その時期に旅行できると一層ローマという街を楽しめるだろう。ローマは一日にして成らずと言われるほど、世界でも有名なイタリアの首都なのである。とはいえ、イタリア南北統一直後の首都はトリノだった。ローマが首都になったのもつい最近の話である。

 最後に、日本と共通する日付を持つのはバチカン市国だ。バチカン市国が市国として独立したのは、世界二次大戦前の一九二九年。二月十四日である。この日はバチカン市国でもささやかな行事が行なわれる。バチカン市国独立記念日と日本の建国記念日が同じというのはまったくの偶然だが、不思議な縁を感じるものである。

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by gosuiro | 2012-04-22 22:12 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)
【ROMA留学エッセイ番外2*25】イタリア的ダイエット!
 イタリア留学エッセイ番外編02は、私も気になるダイエット。後日もう少し詳しく、食生活……というかダイエットについて補足いたします。前回のエッセイ「ひとつの出会い」はコチラです。そして、拍手ありがとうございます!

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 イタリア人は、食べるのが好きだと思う。イタリアが美食の国と言われるのは事実だ。イタリアのマンマたちが、巣立った子どもの帰省の折り、張り切ってとんでもない量の食事をつくる点は、日本とあまり変わらないかもしれないが……イタリアの場合、その手料理の量が半端ではない。

 パスタを一皿目に出す家庭は、まずパスタを食べて(しかも、パンと一緒に)、そこから野菜や肉、魚の料理に向かう。パスタの量は日本と同じくらいかもしれないが、日本よりも、パスタのソースが格段に濃い。大量のチーズとオリーブオイルを使うせいである。そうしたパスタの後に、オリーブオイルを使った野菜や肉、魚の料理が来るわけだから(全種オリーブオイルまみれの場合は多い)、脅威的な量である。

 特筆すべきは、オリーブオイルの使い方だ。日本でもイタリアでもオリーブオイルは身体にいいといわれている。確かに、油の中ではかなり身体にいいほうだ。しかし使いすぎはよくない。

 イタリアの場合、大人三人暮らしで、オリーブオイル一リットルが一ヶ月も経たずになくなると言っても過言ではないほど、使い方が半端ではないのだ。揚げ物で使う油を抜いてそれである。(彼らもオリーブオイル以外の油で揚げ物をする)。

 彼らにとってのオリーブオイルは、私たちにとってのしょうゆと同じだ。瓶からドポドポと音を立ててフライパンやサラダにぶっ掛ける。おそらく大量に使うのは、オリーヴの風味を出すため仕方のないことだろう。イタリア料理は、日本人が悲鳴をあげそうなほど大量のオリーヴオイルを使わなければ、本場の味にはならないのである。

 イタリアが本当に好きな日本人は、食べることが好きな人でもあると思う。ちなみに私は、元々トマトとセロリやパプリカ、燻製肉や油っぽいものが苦手だった。パスタもチーズもあまり好きではない。日本で、イタリア料理の美味しいところは知らない。あまり探す気もない。そもそも和食が一番好きなのだ。その上、ワインも好きではない。もっぱら蒸留酒派である。

 私はイタリアに来て、嫌いだった食べ物がたくさん食べられるようになった。単に慣れである。マリナに料理を出されたら拒否できない。好きじゃないといっても「食べてみたらおいしいと思うから」と迫られるのだ。拒否するより、食べたほうが楽だったのである。

 食のみで住む国を選ぶならば、私は絶対に日本から出なかっただろう。イタリアを留学先に選んだのは、西洋哲学の関係と気候と文化、そして国民性からだ。また、ゆったりした時間の使い方が、私の生まれた故郷ともいえる沖縄北部に似ているだろうと思ったのだ。大学時代に他欧州をめぐって、ローマを選んだ。

 その昔、旅行したチェコとドイツで地元の料理に胃を痛め、そこから帰国まで現地の料理が一切受け付けられなかったこともある(日本から持ってきた携帯保存食ですべてしのいだ)。イタリアに住んだ頃も、似たようなことを繰り返し、ようやく胃を休めるコツを覚えた。マリナの本場イタリア家庭料理をよく食べていたのだから、かなり胃は鍛えられた。おかげで体型もかなり肥えたのである……。

 さて、イタリアに在住しながらダイエットをするのは、少し難しいものがある。救いなのは、生野菜が安くて豊富なことだ。私は海外に住んでいても、基本は和食向きの料理を選ぶ。かぼちゃの煮つけなどつくっていると、マリナはかならずのぞきにくる。醤油の使い方や、和食に興味があるらしい。そして、「身体に良さそうだわ」と、感想を述べる。

 そのマリナは実際に、私よりダイエットしなければならない人間なのだ。高血圧で、本気で痩せないと危険だと医者に言われている身だ。体調管理を徹底しなければならないマリナだが、実情を見ているとなかなか大変そうだ。食品にカロリー計算は載っているが、イタリアのものは時おり表示が間違っているし、料理のレシピを見ると「どう考えても、オリーヴオイルのカロリーは加味されていない」カロリーが記載されている(イタリアの人は、オリーヴオイルは半ばカロリーがないと考えている節がある。大いなる間違いである)。

 ダイエット本のパーティー用レシピも、昼食のコース料理はあわせて1400カロリーもあった。立食でないかぎり、パーティーの食事はコース料理で全員分きっちりでてくる。用心して食べなければすぐ太るが、手をつけないというのもよくない(それこそ娘のエレナが、私に上手に食べ物を残す方法まで教えてくれる始末だ)。

 イタリアの食材で有名なのはチーズだが、チーズも脂分が多く、塩分も強い。高血圧のイタリア人は、医者に摂取を制限される。燻製肉(プロッシュート等)も塩分豊富だ。そして、イタリア料理に油分を使わないレシピは少ない。デザートもコテコテの甘いタルトやチョコ、チーズをたっぷり使用したお菓子など、小麦粉と油分と大量の砂糖を使うものばかりしかないのだ。私はローマのスーパーでゼリーが売られているのを見たことがなく、家主のマリナ宅でつくれば「それはなあに?」と不思議な顔をされる。ヘルシーなデザートといえば、ヨーグルトかジェラートになるのだろう。もはや果物が一番ヘルシーだ。

 つまり、ダイエットをはじめるにしても、食べられる食材や料理の選択肢が日本の数倍少ないのである。痩せるために食べないという短絡的で危険なやり方を選んでしまう原因のひとつとして、ヘルシーな食事ができる食文化が根付いていないことがあると思う。

 たとえば、ダイエットのために、シリアル生活というのは欧州では低カロリーダイエットのひとつになる。だが、日本からすればシリアル自体が高カロリーに感じられる。欧州で低カロリーとして食べられている食材は、日本からすれば高カロリーの部類になることも多いのである。

 日本でダイエットをするならば、こんにゃく、ところてん、寒天、野菜鍋、酢の物などを食べるという選択肢がある。おでんはダイエットに効果的だ。しかし、上記の通り、イタリアにはそういった食べ物がない。お菓子も、和菓子は羊羹やせんべいなどは油分がなく、ヘルシー健康食といえるものだ。油分と炭水化物のセットが一番太りやすいというのならば、イタリアはダイエッターに大変恐ろしい国なのである。

 これだから、イタリアでは恰幅の大きい人が多いのもうなずける。痩せている人は、よほど食生活に気をつけているか、運動をして鍛えているか、少食であろう。小麦アレルギーの方は痩せているかもしれない。イタリアで小麦アレルギーになれば、全料理の半分は食べられないのからである。だからこそ、食品アレルギー対策(またグルテン非摂取主義、肉非摂取主義)にまつわる店やコーナーが多い。米粉でつくったパスタやとうもろこしでつくったパスタなどは、イタリアではさほど珍しくない。

 マリナはがんばろうとしている。命に関わる話になってきているからだ。夜友人やらに誘われるピッツアも断り(ピッツアは基本、夜食べるもの。あの大きいのを一人一枚分食べる。日本人の夜食ラーメンと似たノリ)、医師に書かれた減量用レシピに沿おうとしている。しかし、どうしてもチーズやビスケットなどの甘いお菓子はやめられないようだ。

 お菓子にいたっては、むしろ彼女自身がつくって食べている。半年間で、パンケーキ(18号一ホール)を七回以上つくったはずだ。その毎度、彼女はおよそその半分を自分一人で食べているのである。……イタリア人の主食はお菓子(ドルチェ)ではないかと私が思うのはこのあたりからだ。皆甘いものに目がない。

 一方、マリナの娘エレナは背が高く、欧州中を仕事でめぐり、イタリアではテレビのCMに出ていたほどトップクラスのダンサーをしていたこともあって、イタリア人の中でも特別美しい体型をしている。細くてバレエの筋肉がついているのだ。彼女も無類の甘いもの好きだが、少食で食べるのも遅い(イタリアの人は案外食べるのが早い。しゃべり止まらないからゆっくり食事しているように見えるだけだ)。 痩せたいのであれば、誰もが憧れるプロポーションを持つ娘の食べ方や習慣を見て真似ればいいのに……と思うが、無理は話なのだろう。ちなみに、マリナはの身長は154センチで私と同じだ(南イタリアは、案外小柄な女性が多いのだ)。

 イタリアに来て太ってしまったせいで、猛烈にダイエットをしたい私だったが、どう考えても日本でダイエットをしたほうが無理なく痩せられると思った。イタリアでは、極力日本食に近い料理を食べようと日頃心がけているが、イタリアでダイエットするのは、日本の数倍難しい。イタリアでおいしいものは、その多くが高カロリーなのだ。寿司などの日本食が欧州で大人気なのも、ヘルシーだからに他ならない。

 ローマで日本に留学したイタリア人と話をしたことがあるが、その人は日本に住んで10k痩せたと言っていた。マリナは、三ヶ月くらい私の実家に住むべきなのではないか。日本に来れば、マリナは確実にやせるはずだ。日本食はそれくらい、ヘルシーでダイエットに使えるものだと、欧州に住んで改めて学んだのである。

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by gosuiro | 2012-04-01 11:41 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)
【24ROMA留学エッセイ2011-12b】ひとつの出会い
 イタリア留学エッセイ第24回目一年周期のエッセイもとうとうラストになりました! 前回のエッセイ「蹂躙される土地のかなしさ」はコチラです。そして、ご訪問ならびに拍手感謝しております。ありがとうございます!
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 私は、マリナという一人の還暦を越えたイタリア女性に出会った。彼女との出会いから、本当の意味でのイタリア生活がはじまったのだと思う。もし、輪廻というものが世界を包んでいるのならば、私は来世でも彼女に会いたい。それくらい愛している存在だ。もはや、彼女と話したいがためにイタリア語を習得しているようなものだ。

 マリナと私の関係は、家主と部屋を借りる学生というものだ。私が引っ越しを考えているときに、引っ越し先のひとつとしてマリナと会ったのが、はじめての出会いである。

 あのときはイタリア語をまだほとんど理解しておらず、現地で知り合った同じ日本人留学生の友人を連れ添ってマリナの家の下見をした。はじめから彼女は友好的ではあったが、素性までは読めなかった。日本人にもいろいろな人がいるように、イタリア人のお母さんにもいろいろなひとがいる。しかも、部屋貸しに慣れている家庭は、それを副業にしている人も多く、ひとつのビジネスとして成り立っていた。つまり、外面がよくても、心の内はビジネスと切り分けている人も多いということだ。そして、そういう人ほど案外寛容的ではない。

 マリナ家の下見の時点で、彼女はイタリア人の中でも飛び抜けてキレイ好きなのはよくわかった。一方私はそこまで整理整頓が得意なタイプではない。彼女と生活と性格があうかどうか……それは、一緒に生活して見なければわからない話であった。

 彼女の家に住むことを決めてから、三ヶ月くらいで彼女の性格がよくわかるようになった。三ヶ月も要してしまったのは、住みだした当初からずっと、彼女は親切で驚くほど包容力があったからだ。やさしさには裏がある、という考え方は私の信条に反するが、異国の地で言語もままならぬまま生活していて疑心暗鬼にもなっていたのは事実だ。

 しかし、彼女はそのまま裏表のない性格だった。それ以上に、彼女の親切は私にだけでなく、すべての人に向けられていた。それは、私にとってとても好ましいことだった。しかし、一番信頼できるようになった点は、彼女が、いけないことをしっかり諭してくれる人だったからだ。ただ親切にするだけでなく、叱るときには叱る。そうして、人をよりよい方向に導くことが真のやさしさなのだとすれば、彼女はそれをとてもよく理解していた。マリナは先見の目があり、物事の道理を知っている人だった。

 なにより、マリナは好奇心旺盛だ。「家にこもっても、何も起きないし何も得られない」というのが彼女の信条だ。旅行好きで、イタリア以外にも海外旅行はたくさんしていて、英語習得に情熱を注ぐ。異国文化に接するのが好きだから、国籍や年齢関係なく友人がいた。世話焼きで話し上手なうえに、人の話をちゃんと聞く人だから彼らに本当に信頼されていた。気の配りようは、もはや日本人のレベルに値する。私はよくマリナのことを「私よりも日本人の性格してる。マリナは絶対に生まれる場所を間違えたよ」と、いっている。マリナも、日本文化に触れるたび、自分の性格にあっていると痛感するらしく、「私に違う人生があったとすれば、絶対に日本人だ」と、よく笑っていっていた。本当にその通りだ。

 なんせ彼女は、夏の夜、居間の床でごろごろしながらテレビを見るのが好きなのである。当然家は土足生活だ。だが、マリナ家はこまめに床掃除をしていることもあって、素足でも生活できるほどキレイだった。おそらく彼女が床で寝っころがるのが好きだからというのもあるのだろう。暑い夜は床がひんやりしていたから、彼女はシーツを敷いてごろごろしていたものだ。おそらく彼女は畳生活を喜んで受け入れられるのだろう。

 さらに、健康オタクで自然の健康食材を愛していた。何と何は一緒に食べたら体に悪い、これは何に効くなど切々と私に教えてくれた。私もそうした話は好きだったから、彼女の調理姿を見ながら多く聞いた。彼女が教えてくれるのはそれだけではなく、ヨーロッパで起こっている政治の話や、戦争の話、文化の話と多岐に渡る。

 そして、自然がとても好きな人だ。よく私を呼んで、空の色や風の音、雲のかたちに心を澄ませた。マリナの言葉の使い方は、とても詩的で好きだ。イタリア人の中でも、とても発音がキレイで言葉の使い方が上手な人なのだと思う。私によく、スラングは頼むから覚えないで使わないで、と懇願されている。おそらく私がそういった言葉を使ったら、マリナは泣くに違いない。私も愛する人を悲しませる趣味はない。

 歌や踊りも好きな彼女は、よく歌っていたし、居間で踊ることもあった。歌は本当に上手だ。歌や踊り好きは、そのまま一人娘のエレナに受け継がれて、彼女は世界中をめぐったほどの実力派ダンサーになったのだと思う。

 物事の考え方、踊りが好き、居間でごろごろするのが好き、料理が上手、人の見定め方や受け入れる態度、本当のやさしさを知っていること、依存ではないかたちで人との絆を大切にすること、自然を愛する姿。こうしたマリナの性格は、実のところ、私の本当の母親と信じられないほど同じだった。映画好きも子ども好きなところも、ユーモアとセンスのよさも私の母とマリナはそっくりだ。私の母がセレクトした土産は、彼女にはかならず大好評となったし、マリナの家を見てはじめに思ったのが「私の母親がイタリア人だったら、こんな家にしただろう」ということだった。物事の傾向が本当に似ていた。むしろ、私の本当の母親のほうが、イタリア人的性格をしている(だから、私の母親にとって日本は少し窮屈なのだと思う)。

 私は、自分の母親がどうすればいいのかわからないほど好きだ。ただ、私は彼女を、母親としてよりも一人の女性として愛している。彼女はおそらく、私を自分の娘というより「一人の人間」として育てたのだろう。母親から、母親らしい温かさをもらった覚えはほとんどない。しかし、一人の人間としてのやさしさなら多くもらった。私の母親は、我が家のボスであり正義の女神だ。よく私と父親と弟で取り合いをするほどの、精神的な大黒柱である。そんな彼女は、根が一匹狼である。卑屈でネガティブなものを嫌い、人にたいして等しく接することのできる人だ。本当に尊敬できるし、その心意気に憧れる。

 そして、マリナも同じ人種だった。私は自分の母親と同じような人間に出会えると思わなかった。まして、文化や言語の違う異国の地で、出会えるとは思ってもいなかった。私は幸せ者だと思うし、偶然の出会いの数々に深く感謝している。私はこの女性の子どもになりたい、という人の元に生まれることができた。そしてもうひとつ、マリナに会うためにイタリアに来ることができた。

 本当のことをいえば、マリナを日本につれて帰りたい。けれど、当たり前だがそんなことはできない。だからこそ次、イタリアに来るときは、私はマリナに会うためにイタリアに行くのだろう。彼女のためならば、何でもできるような気がする。

 それくらい愛しているんだよ、マリナ。
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by gosuiro | 2012-02-15 23:10 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)
【23ROMA留学エッセイ2011-12a】蹂躙される土地(ローマ、東京、沖縄)
 イタリア留学エッセイ第23回目は、ローマ生活で心底感じたこと、ローマ・東京・沖縄の共通項である「蹂躙される土地のかなしさ」についてです。前回のエッセイ「イタリア恋愛事情」はコチラです。そして、拍手ありがとうございます!
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 世界でトップクラスの遺産や重要建築物が残されるイタリアの首都、ローマ。ヴァチカン市国もあり、世界から憧れられる街である。毎日世界各国から観光客が訪れ、夏ともなれば、旧市街は最早観光客しかいなくなる。すべての街はローマに通じるという言葉もあながち嘘ではない。半ば本気で私はローマを永遠の都だと思っている。文字通り、何が起こっても滅びそうで滅びることはない街だと思うからだ。

 しかし、住んでから気づいたことがある。ローマには、私の両親の故郷である、東京と沖縄にとても似た側面があるということだ。この三つ土地は、タイプがまるで違う。ローマは世界有数の遺産がある街で、東京は日本の首都であり世界でもそれなりに名が知られている。沖縄は珊瑚礁の残る楽園として有名で、海の透明度は世界トップクラスだ。イタリアの人でも、沖縄の名を知っている人はかなりいる。沖縄の話をすると、綺麗な海とアメリカ軍基地があるというイメージが浮かぶようだ。第二次世界大戦に敏感な人は、本土決戦のことも知っている。

 この三つの街は共通点がある。余所の国や街の人から、憧れられているということだ。東京も沖縄も、在住が憧れられるのは主に日本人だが、ローマの場合は世界レベルで憧れられる。ある人は、その土地の有する雰囲気に憧れて、ある人は故郷に仕事がなく職の希望をかけての定住、その他ローマと東京は国の首都でもあることから、勉強や教育を求めにきている人も多いだろう。首都だから必然的に人が集まるのは当然だが、度を越している。ローマも東京も沖縄も、旅行したいというより「住みたい」といわれる場所なのである。

 共通点は、それよりも根深いところにある。

 先祖代々から東京や沖縄やローマに住んでいる人が、どこか追いやられている節があるということだ。ローマに両親より前の代から住んでいる人と話をしたことがあるが、「ローマはいいというけれど、昔からローマに住んでいる人は少なくて、元々別の街のひとたちが住んでいるというのがすごく多い」と、いっていた。イタリア国内外から人が集まりすぎて、元からあった街の雰囲気もかなり様変わりしているという。都会になるのはいいが、素朴さが薄まってギスギスしていくのはせつないことだ。土地の雰囲気が、街の名前とともに形骸化され、元々住んでいた人たちは置き去りにされる。

 それは東京も同じだ。よく東京のことを「東京の人は怖い」という人がいるが、私はそれを聞くとすごく嫌な気分になる。その「東京の人」というのは、彼らの両親の生まれも育ちも東京であることは稀だ。つまり、生粋の東京人ではないのである。

 私の父は江戸っ子だ。柴又の近くで生まれ、育ちも東京区内だ。その母親も浅草で東京大空襲を経験している。祖父は関東大震災を見た。親戚は疎遠だが東京の下町に残っていて、雰囲気もきつめの言葉を吐くノリも、江戸っ子である。祖父母の家は風呂がなく、泊まりにいけば昔ながらの銭湯に通っていた。ちなみに江戸っ子は気が強い。関西人の言い合いに勝てるくらい言葉がきつい(あまり言葉が綺麗ではない)。そういう意味で、東京の人が怖いというのは間違いではない。

 逆に母親は、生粋のうちなんちゅだ。故郷は沖縄県の伊是名島だ。辺境というレベルを超えている。今日羽田空港から伊是名島に迎えとすれば、一日でギリギリたどり着けるかどうかという島だ。島に住む親戚は多く、元は琉球王家にも関係している。今の実家は本島北部の、アシャギという土地の神様がまつられる小高い山のふもとにある。親戚は私の母親以外、皆沖縄県内在住だ。北部や伊是名に住む親戚たちは方言のなまりが強すぎて、たまに会話の半分以上意味がわからないことがある。琉球の方言は格別に難しい。

 小学生まで、親の転勤に振り回され生活していた私には、この東京と沖縄が大切な故郷だった。夏休みなどの長期休みになれば、かならず東京か沖縄で過ごした。この20年で、東京と沖縄は本当に変わったと思う。東京より特に沖縄には移住してきた人が本当に増えた。そして、私の知っている故郷が、観光や移住してくる人にあわせて変わっていっている気がしてならないのだ。

 故郷のはずなのに、よそよそしく感じてしまう。余所からきた人たちの「理想の場所」として、少しずつ変わっていく様を、元々その土地に長らく住んできた人たちはただ眺めるだけだ。先住者がうまく利用するにも、波に乗るのは難しすぎる。街が活性化することはいいことかもしれない。しかし、元々住んでいる人たちに少しは還元すべきだろうとも思うのだ。

 それはローマにも当てはまるのだと、実際ローマに住んで気がついた。他の街、他の国の人たちがローマ定住を憧れて、もしくは職を求めに訪れる。しかし、過密な求人率に世界不況が重なっている。需要と供給が伴わないし、それに巻き込まれるのは元々からローマに住む生粋のローマっ子だ。もし、移住者が多くなければローマっ子の職探しも今のように異様なほど難しくはないはずだ。

 これは沖縄と重なる。元々職のない県であるというのに、移住を求める人が多い。しかし、憧れだけで生活はできない。生活のために仕事は必要となるが、雇用がとても少ない上、賃金もまったく高くないのだ。私の従妹は高校卒業後、沖縄から上京してフリーターをしながら漫画家を目指している。沖縄で職を見つけるくらいなら上京してフリーターをしたほうが賃金も高いも夢も追いやすいのだ。

 移住も憧れも人の自由だ。しかし、そうしたときにはせめて、その土地が持つ歴史や社会問題にはある程度関心を持たなければならないと思う。特に移住の場合は、その土地の人になるのだ。異邦人のままではいられない。そして、職などにつく場合は、ある程度その土地の地元活性化のお手伝いしなければならないと思う。

 そう思ったのはイタリアに住む前に祖母に会うべく、久しぶりに沖縄祖母宅で長期滞在したときだ。那覇空港などに多く「名物特産・今帰仁アグー」という地元豚の宣伝がされてあって驚いた。私の祖母宅は、その宣伝がされる今帰仁村である。しかし、今までそんな名物を一度も耳にしたことがなかったのだ。

 早速、今帰仁村に行ったときに親戚たちに聞いてみた。実際に今帰仁のアグー(方言でブタ)は、存在したそうだ。しかし小振りのブタで家畜にはあまり向かなかったらしい。それを、この度復活させたらしい、という。

 今まで、この手の宣伝やリゾート事業は本土の人間がからんでいた。沖縄の人は、沖縄県外の人のことを、ナイチャー、もしくはヤマトンチュという。つまり、ビジネスに沖縄を使っているのがヤマトンチュであることが多かったのだ。今帰仁アグーというブランドが、本当に今帰仁村のためのものであるならば、私はすごく歓迎したい。というか、そのがんばりは感動する。

 沖縄の人にはあまり、土地の良いところを大々的なビジネスにつなげるというものの考え方をあまりしないような気がする。沖縄という名自体ブランド力があるというのに、沖縄の人々はのんびりしている。しかしそこが沖縄のよいところなのだ。アグーに関しては、はじめ村おこしの一環であれば心から応援する。ビジネスに沖縄を活用するのは、大抵沖縄県外の人々だからだ(最近、古宇利島が人気だが、あそこもヤマトンチュが商売しはじめた話を聞いている)。本土の人間が沖縄で商売する流れは変えられないと思う。それがせめて、生粋の沖縄県民の雇用や潤いにつながればいいと私は願うしかない。

 これはローマも同じだ。東京はすでに、完全に変わってしまった。江戸っ子たちを半ば置いて、変わり果ててしまった。その一例が「東京は怖い」と称される面だ。今日東京に住んでいる人たちは、本当の東京にだったものをどれだけ知っているのだろうか。いつも私は思ってしまう。

 ローマと沖縄はその点において観光色が強いが、生粋の在住者の性質を少しずつ変えようとしている。それは、元々土地がもっていた風情の素朴さを消していくのだ。それは、本当にかなしい。

 私はローマに元から憧れはなく、職探しをする気もない。正直、今帰仁村や伊是名島という、イタリアより美しい場所を知っているのだ。そして、この同情心がなくならないかぎり、私はローマに永住しようとは思わないのだろう。


◆【エッセイ(12月後半)】は、2月更新予定。タイトルは「愛すべき人」です。
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by gosuiro | 2012-01-29 22:27 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)