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南イタリアの玄関口、ナポリまで(概要)
b0206901_2111510.jpg 南イタリアへ旅行する際に、中継地点としてよく利用していくのがナポリ Napoliという街。今回はナポリ旅行のコツ紹介。

 ……といっても、基本的にナポリは私にとってついでの場所といいますか、何度も行っているのにピッツア食べて渋滞にハマって、スリにビクビクして夜列車で寝ているイメージが強くてですね……つまり観光まともにしたことがない(苦笑)。ローマに住むと、ナポリは急行列車で二時間くらいの場所ということで、いつでも行けるからテキトーでいいやーになってしまうんですよねー。

 ローマからは日帰り観光可能です。ローマ・ナポリ間は、国鉄の急行Intercityで2時間と少し、片道22ユーロ。特急FRECCIAROSSAで1時間10分、片道29ユーロ。鈍行列車でも2時間半と少し、片道11ユーロ。でも鈍行は本数少ないです。

 さて、常に写真を撮ることも忘れてしまうゆるい観光地ナポリ……今回の写真は弟をナポリに連れて行ったときに彼が撮っていたものをいただきました。写真一枚目は、サンタ・ルチア地区(ナポリ湾)の風景。奥に見えるのがヴェスヴィオ山です。ポンペイを灰の街にしてしまった有名な山です。

b0206901_2112451.jpg ナポリは港町なので、とりあえず中央駅に着いたら海を目指すのが一番です。観光スポットになっているヌォーヴォ城 Castel Nuovoや卵城 Castel dell'Ovo、プレビシート広場 Piazza del Plebiscitoは海のそばにあります。駅から海沿いまでバスで15分かからないくらいでしょうか……海沿いの観光はほぼすべてプレビシート広場の周囲にあるため、バスでプレビシート広場を目指せば、あとは徒歩圏内の観光となります。

 個人的に城や王宮は外から眺めるだけでいいと思います。好きな場所は卵城。大砲のあるテラスは眺めがいいし、ナポリに来た感じが本当にするところです。サンタ・ルチアを歌いたくなります。あとはナポリからカプリ島やいろんな島へ向かう船があるので思いを馳せたり……。

 でも、一番好きなところはプレビシート広場近くにあるウンベルト一世のガレッリア! 二枚目写真右側の歴史的なアーケードです。北イタリアでは珍しくないのですが(ミラノのガレッリアは特に有名)、ローマ含め南イタリアにはほぼない。ナポリのガレッリアは距離が短いですが開放的。その周辺はショッピングゾーンになっていて歩きやすいです。

 実はナポリ、スペインやフランスに統治されていた歴史があるせいか、ちょいちょいお洒落な雰囲気が残っているんです。ゴミ問題と建物がすぐ崩壊するカオスな街だけではないんです(笑)。探せばお洒落だった頃の名残があります。
b0206901_2113337.jpg とはいえ、雑然としているのも事実。イタリア屈指のスリ多発地帯であり、人の多いところや狭い路地には本当に注意が必要です。特にナポリの歴史地区は入り組んだ路地が多く、一本道を間違えるだけで蟻地獄のように身ぐるみはがされて放り出されるようなところもある……と思っていたほうがいいです。子どもにもだまされてはいけません。子どももスリのプロです。身ぐるみ簡単にはがします(マリナによく言われていました)。イタリア人がナポリは注意必須! というくらいですから……。

 だからと言って、ナポリの人が性格悪いわけではありません。言う冗談はキツいけれど、性根が悪い人に出会ったことはないですね……バスの運転手さんも親切でした(バスと地下鉄は極端に危ないスポットではありません)。ただ運転は荒いです。そして朝と夕方は異常なまでに道が混むので列車の乗り遅れなどには注意! あと喧騒がすごい。ローマより喧しい!

 落ち着いている地区は、国立考古学博物館周辺です。山よりの高台ですね。私は国立のカポディ・モンテ美術館までカラバッジョの絵画を観に行きましたが、落ち着いていてよかったです。少し不便なところにありますが、まず国立考古学博物館へ地下鉄1線のムゼオ(Museo)駅で降りて、そばのバス停から美術館前に下車しました。
b0206901_2114340.jpg ナポリでは、他の都市同様バス・地下鉄一日券があります。中央駅のタバッキ(キオスクみたいなもの。Tの字看板があるところが多い)などで購入可能。一日券は4ユーロくらいはしたはず。でも一日で一気に観光するなら絶対にあって損はありません。海沿い歩き回るのはけっこう疲れますので……ただバスは通勤ラッシュ時間(特に夕方17時前から19時くらい)の乗車をなるべく避けるようにしてください……車内激混みで道動かないとか本当に辛いです。

 中央駅についても、駅構内自体は開けていますし、バールや本屋などが揃っています。バスや地下鉄の切符は上記にもあるとおり、タバッキまで。観光前にかならず購入してください。あと、個人的に……駅周辺が一番雑然としていてスリの危険があるようにも思えました。常に荷物には気をつけたほうがいいです。ひどいときはナイフで裂かれるという話も聞きました。私もはじめて訪れたときは用心してほぼ手ぶらにしたくらい! このあたりは本当に自己責任です。

 さあ、さくっと観光を概要を書きました。ナポリのメインは「食べ物」です。私にとってナポリに遊びに行くとは、=ピッツァとスフォリアテッラを食べに行くと同意義であります。ということで、次回は食について! メインどころであります!

(三枚目が、ナポリに行くとかならず寄るピッツァ屋さん。四枚目は、ナポリから電車とバスで遊びに行ける港町ポジターノです。ここから超有名なアマルフィも近いです。)
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by gosuiro | 2012-08-29 02:44 | 海外旅行のお話 | Comments(0)
欧州、戦争、哲学、イタリア小話。
b0206901_23345199.jpg 今回はまったりと、ひとつ前のエッセイ(リンクはコチラ!)の補足などなどいたします。とはいえ若干重い話は軽いブログであまり似合わないのですが……イタリアでも感じたことも踏まえます。

 戦争というと、イタリアでもムッソリーニの影響は今でも残っています。ということで、写真一枚目。ローマに旅行した方でなくても、テレビなどで散々流れているので目にしたことのあるものですが……コロッセオからフォロ・ロマーノの先へ突き抜けているこの道路。ムッソリーニの命によってつくられました。

 この理由も、ムッソリーニが当時統治の中心に据えていた建物(今はミュージアムになっています)から、ローマのシンボルであるコロッセオが見たいから、わざわざ遺跡や丘をぶった切ってつくったという……古代史好きには腹立たしい陳腐なものでした。フォロ・ロマーノが道を挟んだ不完全な遺跡になってしまったのもムッソリーニのせいだ! とローマの歴史に詳しいローマっ子の知り合いもムカついていました(笑)。この道路が交通に便利なのは確かなのですが、その分重要な遺産を好き勝手してしまう身勝手さというか、そういう政治もどうなんでしょうかね……私もフォロ・ロマーノ完全版が見たかったです。
b0206901_23351299.jpg また、元々フォロ・ロマーノとコロッセオの間には丘があったそうですが(パラティーノの丘の続きみたいなもの)、この丘を潰して道を通しておりますので、道の両側は崖を崩したような高い壁になっています。写真からでもなんとなくわかるようにはなっていますが……左の木々が生えているところは高くなっていて、階段や坂で上へ昇ります。小高いあたりは古くから住んでいる方の多い地区ですね。

 さて、私的にムッソリーニ関連で最たるものは直筆を拝見したことです。それが、写真二枚目の中央のちいさな紙。これもマリナに連れられて銀行が所有する重要建築物の特別開放を観に行ったときに展示してありました。日本のように、マズイものは隠したり見せないようにするのではなく、歴史として公開しているのはいいことだと思います。日本はこういうのが少ないような気がしますね(臭いものに蓋をする根性があるせいかもしれませんが)。

 ヨーロッパの歴史や思想を感じながら日々イタリアで生活をしていると、必然的に戦争の話は出てきます(私が年配の方と接する事が多かったのも理由にありますが)。私の好きな現代西洋哲学も、第二次世界大戦が大きなキーポイントになっていることもあり、マリナや他の方々から戦争の話を真剣に聞きました。
b0206901_23353396.jpg とりわけ、ショワー(shoah)の時期、一月下旬は戦争に関する映画などがイタリアで流れますし、毎年1月27日が国際ホロコースト記念日(ホロコースト・メモリアルデー)になっていることもイタリアに住んではじめて知りました。

 戦争という言葉は日本ではずいぶん遠いものですが、イタリアあたりだと(海を挟んだ)周辺国で内戦・革命が勃発していることがままあるので、他人事という感じにはならないようです。ニュースでもそこそこ流れていますし、……それこそ、チュニジアの革命のときはさすがに難民が雪崩れ込んでくるかどうかで皆危機感を感じていましたし……。その点、日本はまだまだ悠長だなと……平和であることは、まあいいんですけれど、ちょっと平和ボケすぎるかなとか(苦笑)。

 単純に戦争はよくないものだと言いますけれど、それでも「戦争」がなくならないのは、戦争を起こすことによって幸せになる人たちが少なからずいるからなのだろうと思っています。ごく少数の利益や権力誇示のカードとして使われるものだと皆がわかっていれば、ついつい扇動されることもないでしょうし……と言っても集団的無意識ほど恐ろしいものはなく、大体戦争なんて人間しかしない業ですから……哲学や倫理学を通してもここはけっこう難しい題材になります(なので私が語るにも勉強が足らない部分は多いのです)。
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 ただ確かなのは、反省すべき過去は二度と繰り返さないよう、惨劇は惨劇のまま後世に伝えることなのでしょう(辛い作業かもしれませんが、そうしなければ人は忘れるものなので)。そういえば、以前年末ローマで知り合いのパーティに出た際、戦争のひどさを伝えるテレビ番組がけっこう流れていて、日本軍の所業の話が出ていたときは若干気まずい気分になりました(周囲はパーティの最中で気づいてなかったからよかったですが!)。

 あとは、哲学者が政治的なものに足を突っ込むとろくなことが起きないというのを、私は西洋哲学を勉強して痛感しております。哲学者が政治絡みで良い方向に導いたなんて話を、一度も読んだことがない(苦笑)。哲学者はあくまで諭すことはあれど、扇動するものになってはならない。哲学者を名乗る人は、名乗り続ける限り中立の客観的な立場でいないといけないと思います。

 でも、倫理学だけはもっと世間に浸透すべきだと思います……それこそ資本主義が台頭したときになぜ経済倫理学もセットにしなかったのかと思う私がおります(倫理学は資本主義にとって都合の悪いものかもしれませんけど)。
b0206901_2336770.jpg という感じで、こんなめんどくさい話がそもそも大好きな私ですが、一般的にはおもしろくないものかもしれませんので(苦笑)、イタリア的な小話を最後にご紹介します!

 マリナがキッチンでパンをひとつ床に落としてしまったときのことです。彼女は落ちたパンをすぐに拾い、表面にキスをしました。それを私はそばで眺めていたんですが、マリナが振り向いてこのキスの由来を教えてくれました。

「昔、戦争中は本当に食糧不足で少しの食べ物も貴重だったのよ。だから、こうやってパンをうっかり落としてしまったときは、ごめんね、という気持ちを込めてパンの表面にキスをしたの」

 ……これを聞いて、なんかいいなあ、イタリアらしくてかわいいなあ、と思った私がおりました。ということで、家の床にパンを落としたときは、ごめんねと感謝を込めてキスするといいかも! 食べ物は大切にしないとですね。資源は有限的なものなのですから。
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by gosuiro | 2012-08-23 00:00 | イタリア的雑記 | Comments(0)
夏の西欧建築とともに小説更新のお知らせ
b0206901_2371411.jpg 迫力ある建築写真を横目に、小説更新のお知らせです。このたび、59本目の作品【 Afternoon Shower 】をUPしました。右記のリンクから話が読めますので、お気軽にポチッとどうぞ! ⇒ 【 Afternoon Shower 】を読む (PC・携帯電話などから閲覧可能)。

 夏はまだ終わらない! ということで盛夏における男女五人のお話です。季節の移り変わりが好きな私は、ついつい季節を元に話を書くことが多いのですが、これは最たる作品だと思います。特に夏から秋になっていく様が好きです。世界一好物の梨の季節もはじまりますし! 私にとって二十世紀梨に勝る果物はないでございます。でも高い。海外で果物買うときと比べたら……比べたら負けだ(苦笑)。

 ……と、写真は先日弟が旅行したスペイン、ガウディ建築のひとつコロニア・グエル教会です。私もガウディ建築を見たいがためにバルセロナへ足を運んだことがあるのですが……コロニア・グエル教会は行きたくても日程的に無理でした。羨ましいことです(建築を一時目指そうとしていた弟に、生ガウディ建築を見て来いと言ったのは私ですが)。いずれバルセロナ旅行の話もいたします! 本当は小説更新の前に戦争話からめた雑談でもするつもりでしたが……それは近日中に時間を割きますです。
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by gosuiro | 2012-08-19 23:09 | 小説作品更新情報 | Comments(0)
【ROMA留学エッセイ番外6】欧州における世界二次大戦の痕跡
 イタリアに住んでいて一度は気づく歴史のこと。今回は、少し重いけれど目をそらしてはいけない「戦争」について、語学学校の一場面から感じたことをエッセイにしました。前回の「海外のオタク組をオタク視点で」はコチラです。

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 通っていた語学学校で、生徒が四人だけの少人数クラスになったときのことだ。教室には、円卓を囲み日本人である私と、ドイツ人の女の子、トルコとポーランドの男の子がいた。

 皆ある程度イタリア語を理解して話せるメンバーのクラスで、同じひとつのテーブルを囲み普段のごとくイタリア語を学んでいた。講師はナポリ出身のおじさん先生。この先生は割合テキトーに授業を進め、勉強範囲が片付くと延々雑談をはじめるような先生だった。南イタリアの中で一番冗談好きな気質のナポリ人であるからか、授業は勉強第一というよりはイタリアらしいまったりした雰囲気で進んでいった。一般の学校の先生がこれではいけないだろうが、イタリア語を習うローマの語学学校である。文法の勉強も確かに大切だが、実際は雑談をしているほうが身になるのだ。ネイティブの言葉の使い方もわかるし、話を振られるわけだから自分の意見をイタリア語で話さなければならず、逆に頭を使う。

 この先生が、ある日ドイツの女の子と私を指差した。

「このクラスは、第二次世界大戦の枢軸が揃っているね」

 そして彼は、自分を指差した。まさにその通りである。第二次世界大戦の話を持ち出されると、少し気まずい。とてもナイーヴで、うまく説明できない話だからだ。日本がしてしまったことも私は知っているし、原爆や本土決戦のことも知っている。なぜなら私の母方の親戚はほぼ皆沖縄県におり、戦争の話は祖母などから聞いていた。戦争にまつわる慰霊碑も幼い頃から観に行っていた。原爆についてよく知っているのは、私が広島に二年間住んでいたせいだ。小学校で原爆について学ぶ機会があり、原爆資料館も何度も足を運んでいる。長崎にも同時期に旅行している。小学生の多感な時期に、第二次世界大戦の悲劇を叩き込まれていた。正直、今でも軽いトラウマになっている。

 しかしながら、それらが私に気まずい気持ちを起こさせるのではない。私よりもドイツの女の子のほうが、気まずい表情をしていた。なぜなら、同じテーブルにポーランド人の男の子がいたからだ。この戦争で最も犠牲者を出した国である。原因はナチスドイツの政策だ。そして日本はそのナチス側についた国だ。私たち二人が顔に見せた気持ちは、どこか似ているものだっただろう。

 欧州は、いまだに第二次世界大戦の惨劇がしっかり人々の胸に根付いている。少なくともドイツの人たちと膨大な犠牲者が出た国々は、今もあの非道な過去を忘れていない。私は日本から客観的にその歴史を学んだが、実際欧州に住んで、第二次世界大戦の傷跡が今も色褪せないと知った。

 その象徴的な日が、1月27日である。この日は、あまり日本では知られていないが「国際ホロコースト解放記念日」である。ヨーロッパではメモリアルデーといわれていた気がする。また、ヨーロッパでは一般的に、ホロコーストのことを「ショア(SHOAH)」と呼ぶ。私も、イタリアに住むまでまったく知らなかった記念日であり、呼び名だった。

 このことを知ったのは、マリナと一緒に暮らすようになってまもなくの頃だった。寒い一月の最終週の夜、映画好きのマリナと二度テレビで放映されていた映画を観た。『アンネフランク』と『戦場のピアニスト』だ。日本でも観ているものを、イタリア語で観た。……双方、ユダヤ人絶滅政策を題材にしている映画だった。

 他にもその時期のイタリア国営放送では、第二次世界大戦のドキュメンタリー番組がよく放映されていた。何も知らなかった私は、なぜここまで戦争に関係した番組が多いのか、家主のマリナに訊いたのだ。そして、彼女からこの週が「国際ホロコースト解放記念日」だと教えてもらったのである。イタリアでは、毎年一月最終週にホロコーストにまつわる番組が多く放映される。過去にあった残虐な事実を、忘れないように何度も放映している。日本で8月になると戦争にまつわるドラマやドキュメンタリーが増えるのと似ている。

 語学学校でも戦争の話になると、かならずクラスに一人いる生徒のドイツ人が何かしらの発言をしていた。印象では元西ドイツ出身よりも、元東ドイツ側出身のほうが、あの戦争を重く受け止めているように感じた。元東ドイツ側は、その後続いた冷戦から、より複雑な心情を持ち合わせているのだろう。一方、ポーランド人がクラスにいて、こうした話になっても、彼らは落ち着いているように見えた。しかし、第二次世界大戦時の何月何日に何が起きたかといったことは、しっかり覚えているようだった。忘れたくても忘れられないだろう。ポーランドの歴史は、調べれば調べるほど重い。言葉で言い表せないほどの悲劇と、それでも生きていこうとする国の力強さに感嘆する。

 一方で原爆のことを知っている欧州の人もいた。第二次世界大戦後、ナポリにアメリカ軍が常駐するようになった話を、語学学校の講師やマリナから聞いて、沖縄と一緒だと言ったこともある。
 ナチス、という言葉は、今もタブーな言葉であるかのように欧州にいると感じる。この三文字に内包されている意味の中身が、あまりにも重過ぎるのだ。皆あの悲劇を知っているから、言葉に出しにくいのだろう。日本の原爆のように、半分忘れ去られ世間にあまり出てこないものとは違う。ナチス関連の話題が社会にでてくると、欧州レベルで大事になる。一方でその重さに暗い魅力を持ってしまう人もいるし、ひどいと「大虐殺などなかった」という有り得ない主張をしている人もでてくるのである。

 忘れられることのない悲劇というのは、何度思い返しても悲しい。しかし、根深い重さが「戦争を繰り返さない」抑制力になっているのだとも思う。哲学的に話になるが、「ゆるす」という概念は、「ゆるされた瞬間に終わるもの」ではない。「ゆるす」という行為は、過去形ではなく、常に現在進行形の動詞なのだ。

 たとえで、被害者(ゆるす側)・加害者(ゆるされる側・ゆるされたいと願う側)という立場をつくるとする。「ゆるす」という行為は、被害者(ゆるす側)が「ゆるし続けるかぎり、ゆるされる」だけの話であり、被害者が「ゆるさない」と思い直せば、話はいつでもゆるされる前に戻る。おきてしまった事実に立ち戻る。加害者(ゆるされる側)は、被害者(ゆるす側)に「ゆるされた」からといって、してしまった行為を忘れてはいけない。「ゆるす」という行為は、加害者(ゆるされる側)が、自身がしてしまったことを忘れた瞬間に白紙となるからだ。

 つまり、加害者がゆるされたいと願うのであれば、被害者(ゆるす側)からゆるされ続ける大前提として、加害者(ゆるされる側)も自身のしてしまった行為を一生忘れてはならないのだ。それが、再発防止につながっていく。そして、被害者(ゆるす側)と加害者(ゆるされる側)が、それを他の人々に語り継ぐことで、他者たちも危機意識を持ち再発が防止される。「ゆるす」という行為は、そこまでしてようやく機能するのだ。完結はないのである。

 本当に「ゆるされた」という行為に完結する瞬間というのは、被害者(ゆるす側)がやられてしまったことをすっかり忘れたときだが……通常、やった側よりやられた側のほうが覚えているものである。真に「ゆるされた」となるのは、とても難しいことなのだ。

 戦争が起きた事実と目を覆いたくなるほどの凄惨さは、戦争を知らない世代であっても、語り継がれたものとそのときに感じた衝撃を、胸の中に残し続けさせなければならない。戦争の凄惨さを皆で生かせ続けなければならない。それが、悲劇を繰り返さない第一の抑止力になるのである。

 日本人にはこの感覚が薄い。戦争をしていた頃がまるで遠い。加害者であり被害者であった過去を、もはや過去として処理している。その点欧州は現在進行形で戦争(第二次世界大戦)と向き合っている。日本では戦争悲惨映画について大きな関心が寄せられないのだから、まず輸出するかたちで欧州あたりに売り込んで(カンヌ映画祭など欧州映画祭に主品する目的で毎年つくり、各欧州映画祭で日本の戦争で起こされた悲劇の映画を上映するだとか)、評価をもらって逆輸入するといいのかもしれないと思ってしまう。少なくとも、日本の原爆などに関心のあるヨーロッパ人はいるのだ。

 さて、第二次世界大戦時の枢軸三国がクラスに揃い、三人でポーランドの男の子の反応をうかがったが、彼は「今のポーランドは、だいじょうぶだよ」と当たり前の口調で言ってくれた。それに三人でホッとしたのだ。どちらにせよ、こういた経験を繰り返して、ドイツ人の第二次世界大戦にまつわる発言よりも、ポーランド人の多くは語らない微笑と沈黙のほうが、私には心に強く響いたのである。
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by gosuiro | 2012-08-13 23:15 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)
お隣の国へちょろっと03@韓国旅行お食事激辛・甘味編
b0206901_1432170.jpg 海外旅行で一番興味があるのは食事! ということで、ラストは韓国旅行中の食事についてです。日本の(海を挟んだ)隣国でもあって、韓国料理はかなり知られているものだと思います。

 ただ、旅行中はものすごい暑かったため……ソウルに来てはじめて食べた食事は冷麺でした。それが写真一枚目のもの。

 正確には、 激 辛 の冷麺でした。夕食を求めに明洞をうろうろしていたのですが、そこでたまたまおいしそうな冷麺の写真を発見したんですね。何の疑問を抱かず(大体韓国語読めないし)、中に入って気軽に頼んだんです。そこで冷麺に「普通」と「激辛」の表示に疑問を持てばよかったんですよね。

 私が韓国で最初に食事したところ。日本でもそこそこ有名な、プルナッチプルネンミョンという激辛料理を出す店だったんですよ!!(一番下に住所等記載) 

 知識ないままこの店入って食事頼んだら、基本激辛です。なんていえばいいんかな……CoCo壱番屋のカレーを8辛くらいにした料理ばかり出る感じですかね(一緒に食事した母がココイチカレーの5辛を食べに行くひとなので)。冷麺も例にもれず、「普通」を頼んだのにすごかった。私は、いまだに店員さんが「激辛」を提供したのではないかと疑っています(笑)。
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 食事に関しては、初っ端から韓国の洗礼をもろに受けたかたちとなりました……ここの冷麺、激辛なんですが最初は辛くないんです。後からくちびると舌がしびれて涙がでるくらい辛さを感じるんです。激辛の赤い部分も完食した自分に拍手を送りたいというか、水差しなかったら私確実に昏倒していた(笑)。おいしかったんですが、辛さですべてが抹消されたという。辛すぎて舌がしまえないんですよ! 

 一緒のものを食べた辛いもの好きな母も、この火傷したみたいな辛さには耐えられなかったようで、冷麺を片付けた後は猛スピードで会計してから、道で売られているソフトクリームを食べ、それでも耐えられず近くのカフェにかけこんでバケツのようなカキ氷を買って口周りを冷やしました。

 あのとき辛さに負けていなければ、韓国のバケツ並カキ氷に爆笑して写真を撮っていたはずですが……余裕なかったのよね。あれは無理。もう皆に試してもらいたい。あの激辛冷麺からのバケツカキ氷。救世主です。カキ氷が韓国ではバケツサイズになる理由がわかります(ちなみに駆け込んだ先は、クリスピー・クリーム・ドーナツの韓国チェーンでした)。
b0206901_1531340.jpg カキ氷(パッピンス)に関しては、バケツ型ではないお洒落なものも別のカフェで食べましたが具沢山ですね。韓国の甘味は冷モノのイメージが定着しているのですが、辛い料理ゆえのデザートは冷たいものなのかなと……自分が激辛料理の洗礼を受けたので推測しています。そういえば、北京行ったときも四川料理とか激辛料理をうっかり頼んで大変な目になった記憶が……でも、この冷麺には勝てないな。

 辛いもの好きの母ですら、二度と食べたくないと豪語したプルナッチプルネンミョンの冷麺でした。ソウル行かれた際は是非ご賞味ください! 逆に私は、最初の激辛インパクトが強すぎて、その後何度も辛い料理に出会うのですが(韓国ですから)、あまり辛く感じなくなっていました。麻痺したというより、あのピリピリ感がたまらなくなっていました。

 そう、私は韓国旅行を終えてから辛いものがものすごく食べられるようになったのであります(唐辛子系限定)。今も辛いものが食べたいときはキムチでは物足りないので、コチュジャンそのまま舐めていたり……味覚のキャパシティーって広がるものなんですねえ。私、元々辛いの全然ダメだったのに……あ、でもイタリア・カラブリア州特産のサルティッチャ・ピッカンテ(唐辛子を混ぜて練ったかなり辛いソーセージというかパテ)をそのまま辛い旨い言いながら食べていたから、唐辛子が案外イケたのかもしれませんね。
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 とはいえ、胃腸はそこまで強くないので、胃薬は常に飲んでいました。無茶もせず、あの冷麺以後は料理は基本的に赤くないもの(赤いのは全部唐辛子入り料理)を頼みました。写真二枚目みたく、屋台でちょいちょい味を見て楽しんだり(もはや何の貝かもわからないけどとりあえず食べる好奇心旺盛な二人)、写真三枚目のように本場の焼肉も食べました。

 焼肉に関しては、ハサミで肉を切るという知識を持っていなかったので、周りを見ながら戸惑いつつ、マッコリもペットボトルでドンッと来たのでびっくりしつつ……ただ、肉を頼んだだけで自動的に付け合せのキムチやナムルなどが山盛りにでてくるのは嬉しかったです。韓国料理の惣菜は大好きなので、この山盛りな感じは日本の韓国料理屋も是非見習っていただきたいです。

 写真四枚目のサムゲタンでも、小皿が六種でてきてハッピーになりました。韓国の食事は個人的に楽しかったです。逆に同行者の母親は、もう二度と韓国料理は食べたくないそうです(笑)。激辛の冷麺の辛さが嫌いなようでした(カレーの辛さと何が違うのか私にはわからんです)。


b0206901_1435315.jpg 韓国旅行中も母親さんは「もう辛くないメニューの店がいい!」と呻いていたのに、……いざ飲食店に入ると「日替わり定食」を頼んでいるんですよね。韓国料理=辛いんだから、日替わり定食は辛いものばっかりに決まっていると私は散々やめろと制したのに、彼女は頼んで、出てきた料理が案の定全部赤かったときは……私の辛くない料理と交換して定食、私が食べましたよ(どうせ私が食べることになるから定食頼むなっつったのに、母親は常にマイペースだから聴かないのねえ……)。

 ということで、韓国で日替わり定食を頼むと基本赤く染まった料理のオンパレードというくらい、辛いものばっかりです。胃腸薬は必須。ちなみにサムゲタンの左奥に見えるボトル、ケチャップではなくてコチュジャンです(笑)。スープも炒め物も全部赤いんだもん……あそこまで辛いとクセになりますよ。赤いのに目覚めますよ(苦笑)。

 食べ物が辛かった話ばかりになっていますが、本当に韓国料理は辛いものばっかりだから仕方ない。でも、私の舌にはあいました。あの冷麺以外(笑)。普通の冷麺も食べたかったな……。

 一方、甘味ものですが、私が一番気に入ったのは、竜のひげと通称されるクルタレ。蚕の繭みたいなお菓子です。それが写真五枚目。
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 細く白い糸は練り飴みたいなもので、中には木の実や蜂蜜などで固めたものが入っています。けっこうサクッとした食感で、冷凍して食べるととてもおいしい。コーヒーとかにもあうと思います。私の大好物になりました。韓国のお土産にするならば、これが一番喜ばれると思います(辛いのしょっぱいのは好みに大差がありますが、これならカロリーもそこまで高くないし)。

 最後に甘いものといえば、韓国のケーキさんも寄ったのですが……ケーキの上にミニトマトが乗っていたのは衝撃でした。韓国旅行一番もショックでした(笑)。私、イタリアに住んでこう言うのもなんですが、ミニトマトが大っ嫌いなんです。だから、これは……ただただショックでした。おいしいの? 色味的にはきれいだけど、クリームとあうの? 謎です。ものすっごい謎です。私的に韓国料理は、ミニトマトで飾ったケーキが一番恐怖かも……。(ラスト写真は、仁寺洞で食事したところ。仁寺洞での食事はよかったです!)

■お食事所「プルナッチプルネンミョン」 明洞地区
 ソウル特別市 中区 明洞2街 31-4 (서울특별시 중구 명동2가 31-4 )
 11時~23時まで営業しているそうです。ビルの二階にあります。
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by gosuiro | 2012-08-09 02:03 | 海外旅行のお話 | Comments(2)
韓国料理の前に小説更新
b0206901_16115794.jpg 早速、一枚目の写真は明洞のストリートに並んでいた屋台のひとつ。渋谷みたいな繁華街の通りに屋台があるのはおもしろくて、ついつい食べ物を買って歩き食べしていました。トッポギみたいなのも売られていましたが、海鮮ものもあったり、揚げ物が多かったような……逆に甘菓子系、粉物はあまりなかったですね。せんべいみたいな感じのはあったかな。

 さて、久方ぶりになってしまいました、小説更新のお知らせです。このたび、59本目の作品【 CANTERELLA 】をUPしました。右記のリンクから話が読めますので、お気軽にポチッとどうぞ! ⇒ 【 CANTERELLA 】を読む (PC・携帯電話などから閲覧可能)。

 CANTERELLAはCanterellareという動詞の三人称単数で「彼女は口ずさむ(小声で歌う)」という意味で用いました。でも、ネットで調べたらイタリア名家が暗殺に用いた毒薬……って書かれていた(苦笑)。話の内容的にも甘い毒みたいなものなので、間違ってはいないのかもしれません。

 次回の韓国ネタは「食」であります。いろいろ食べて、帰国して前より韓国料理が好きになりました。特に激辛系がいいですね! イタリア住んで胃が強くなったおかげかな……前は辛すぎると胃が痛くなったので……。
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by gosuiro | 2012-08-04 16:59 | 小説作品更新情報 | Comments(0)