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クリスマス(Natale)を終えて、小説更新です
b0206901_11471640.jpg 世界的にもクリスマス(Natale)は終わり、あとは年末を突っ走るのみですね。さてさて、まずは小説更新のお知らせです。

 このたび、65本目の作品【 別れ道 】をUPしました。右記のリンクからこちらの話が読めますので、お気軽にポチッとどうぞ! ⇒ 【 別れ道 】を読む (PC・携帯電話などから閲覧可能)。

 今回はなんとなくイエスの御方聖誕祭にあわせたお話です。キリスト教と私の関係といえば、チームプロテスタントが身内にごそっといたせいで生まれてからキリスト教関係の絵本で育ち、幼少期大好きな言葉は「主の祈り」でした。今思えば、小二で「天にまします我らの父よ」からはじまる主祷文の言葉の韻と文章が美しくて大好きって豪語していた自分こわい(苦笑)。でも、小四のときから尊敬する人は「マザーテレサ」から動いていません。あの人素晴らしすぎる。

 聖書とか天地創造のビデオとかたくさん触れていたものの、結局は信仰対象にならなかったのですが(理由は、今回の話にさりげなく織り込まれています)。そういう経緯もあって、西洋哲学に惚れ込んでいて(哲学者たちがいかにキリスト教を乗り越えてきたのか肌で理解できて)、キリスト教圏の国に住んでみたかったっていうのもありますねー。はっ、自分語りしてしまった……ま、いいか私のブログだし。

 毎度ながら、ご閲覧ならびに拍手とブログランキングのクリックしてくださり、本当にありがとうございます。私が多忙を理由に放置したりブログ記事の下書き終わらねえって頭抱えていたりしている間に……びっくりするくらい拍手をいただいていて……なんかもう、がんばらないといけないです私。皆様には心から感謝しております。すごい励みになっています。これからもぼそぼそとブログを更新していきますので、お暇なときに覗いてみてください。皆様にとって良質の知識となれば至極幸いであります。

 次回予告としては、まだまだ語学の話に続くんでありますよ。奥が深いです、語学ってやつは……私にいたっては大学時代から言語哲学とか記号論まで手を出して、いまだに全然なんの解決も導いていないという……ガクッ。(写真は、弟が去年一人旅したリトアニア「十字架の丘」。バス経由で大変な旅だったらしいよ! そういうエピソードもいずれ……。)
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by gosuiro | 2012-12-26 11:56 | 小説作品更新情報 | Comments(0)
イタリア語から英語を学ぶ(参考書つき)
b0206901_21261160.jpg 日本語から外国語を学ぶ、というのは日本人にとってごく自然な学習法です。が、逆にひとつの外国語を根詰めて学んで使えるようになると、日本語を経由せず外国語から同系統の新たな外国語を学んでいく(たとえば、イタリア語から英語を学ぶ)スタイルのほうがやりやすいことに気づきます。

 特に欧州の言語は、ロシア語やギリシャ語でないかぎり、ある程度はアルファベットを元にした文字を使います。イタリア語も根幹にはラテン語とギリシャ語があって、同じくそこから派生している英語もラテン語由来の単語が多く、実際イタリア語を学んだことで、以前に比べ知らない英単語について「イタリア語のこの単語に似ているから、たぶん意味はそれと同じだな」と推測できますし、けっこうそれで正解であることもしばしば(たとえば、英語で「Simple」は、イタリア語で「Semplice」。語源となったラテン語は「Simplex」)。

 というわけで、前のエッセイ(リンクはコチラ)が「イタリアで出会う英語」だったので、今回は補足展開して「イタリア語から英語を学んでみる」お話です。語学の細かい話をしているので、つまらなかったらごめんなさい(苦笑)。
b0206901_21371935.jpg まず、前置きとして、……私は英語が大の苦手でした。大のアルファベット嫌いだったので、生きていることが辛いくらい苦労しました。そのくらい語学にたいして脳のスペックが残念だった私でしたが、人生でこれほどにないくらい本気をだしてイタリア語脳を少し定着させることができました。人間やればできる。だから、皆も本気だせば外国語くらい話せるようになれます(笑)。

 で、イタリア語を学んでから痛切に思ったのは「英語って発音さえどうにかすれば、文法自体は簡単かも?」ということでした(笑)。英語が世界基準の公用語になる理由を、非英語圏の国に住んで思い知りました。さらに、日本語から英語を学ぶよりも、イタリア語から英語を学ぶほうが理解しすいことにも気づき、イタリア版「英語の学習本」というものを集めるに至ったのであります。

 その本たちが、写真一枚目。左から英文法の参考書、英語の動詞表、イタリア語と英語双方明記されたビジュアル単語、立てかけてあるのはイタリア→英語の旅行会話集です。こういった語学の勉強本に関しては、あまり日本語のものと変わりません。
b0206901_21265412.jpg 中身はというと、英文法の本では写真三枚目のような感じです。このページは SIMPLE FUTUROなので「シンプルな未来形」の文法についてです。イタリア語の未来形は動詞が全部活用変化(さらにあわせて人称も変化)するので、覚えるのが超大変。でも、英語はWill+動詞だから楽ですねー。

 このことはイタリア語の英文法書でも、三枚目写真の下部分に青字で書かれております。Soggetto(主語)+will+Verbo(動詞)+Complemento(目的語)です。イタリア語もつくりはSoggetto(主語)+Verbo futuro(動詞の未来形)+Complemento(目的語)なので文法の形態は英語とほぼ同じ。イタリア語から英語に変換すると、日本語よりしっくり当てはまるので覚えやすいんです。一方、日本語の文法は異なりSoggetto(主語)+Complemento(目的語)+Verbo(動詞。未来形変化なし)となります。これが苦手になる元。そもそも時節が細かくない日本語です。未来形と現在形にわざわざわけなければならないという、日本語にない発想を身につけるのも重要になります。文法ルールがまったく違うんだから、まあ私も英語嫌いにもなるわ。
b0206901_214415.jpg イタリア語と英語は、文法と時節がある程度似ていて使用文字もほぼ同じローマ字です。他の欧州の言語でも大抵似たり寄ったりなので、そりゃ欧州のひとが四カ国語軽く話せるようにもなるさ! と、思うわけであります。

 語学学校にけっこう悔しくも感じたところですが、欧州系の方々はいとも簡単にイタリア語を習得されていきましたね。母国語と重なる部分が多い他言語は覚えやすいようです。日本語はその点、超不利。英語を身につけるのが大変なのは仕方がない。でも、日本語脳とアルファベット圏の言語脳を両立できるようになれば本当に強みになります。

 さて、この中、私が購入したイタリア語版の英語学習書で、一番気に入っているのはイタリア語→英語の動詞活用帳です。イタリア語は大量の動詞がありますが、英語は単語数が少ないぶん前置詞で動詞の意味が細かく変化していきます。私が英語の動詞をまったく理解できなかったのはこの点です。これがイタリア語経由だと解消されることに感動しました。
b0206901_2127628.jpg たとえば、写真五枚目。日本語の動詞で「読む」と意味する、To read。イタリア語でLeggereといいます。写真を訳すると、

・to read back = rileggere 「読み直す」
・to read for = leggere(con uno scopo) 「(目的に向かって)読む・調べる」
・to read into = dare un'interpretazione di 「解釈する」

 みたいな感じです(たぶん)。日本語よりイタリア語のほうが英語と動詞の使い方が近いですし、単語自体関連している部分もそれなりにあるので、正しく動詞の表現を理解するのに参考となります。

 他にも、ラスト写真にあるのはビジュアル英単語+伊単語の中身。写真の見せかたがうまく、わかりやすいので初期から重宝しました。日常のあらゆるものの写真に読みかたが書いてあるので本当に助かります。日本と生活環境も違うので、これで欧州で日常使われる道具とか食材とかも学ぶことができます。こういう単語帳は旅行先で買い求めても損はないと思います。

b0206901_21271593.jpg 今の私がつたないながら英語を使うときは、日本語→イタリア語→英語と経由させています。イタリア語というワンクッションが入ったおかげで、英文法がだいぶ簡単に感じられたし、英語の仕組みを理解できたという意味では本当にイタリア語を学べてよかったと思います。個人的には、日本語から英語を学ぶより、日本語から英語以外の欧州言語を学んだ上で、英語を勉強するパターンのほうが理解度も増すし言語にも深みがでるような気がしてなりません。

 というわけで、とりあえず英語は必要だと思うけど苦手だというひとには、まずイタリア語の勉強をおすすめしておきます。発音は日本語と大きくかわらないので楽ですよ。動詞活用と文法えらいこっちゃだけど(笑)。

 後日、私のイタリア語勉強の話でもしようと思います……(まだこれからも旅行記とかお菓子屋とかいろいろ書くことはありつつ、どれも今後UPしていくのでお楽しみに! 間に差し込んだ写真は、英語習得の必要性を痛感したドバイの一コマです)。
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by gosuiro | 2012-12-17 21:52 | 語学にまつわるお話 | Comments(0)
【ROMA留学エッセイ番外8】英語に対する苦手意識
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 久しぶりのエッセイは、イタリア語を通して学んだ「英語と日本語」について。語学大嫌いな私が、イタリア語(アルファベット)脳をつくれたこの奇跡と英語苦手意識克服のお話です。けっこう気合はいっています(笑)。前回の「人種のおもしろさ」はコチラです。



 マリナは実用する趣味として、英語を勉強している。市民大学に週二回通って、暇があるときは家でも勉強する努力家だ。彼女はネイティブの話し方を学ぶために、よく図書館から映画のDVDを借りて観ている。はじめはイタリア語の吹き替え版で視聴して、その後に英語に戻し見直す。私が暇なときは、イタリア語吹き替え版の映画を一緒に観ようと誘ってくれる。そしていつも、字幕をどうするかという話になるのである。

 イタリアの映画DVDに日本語の字幕や吹き替えはほとんどない。マリナに言語は何がいいかと問われるときは、吹き替えはイタリア語、字幕は英語がいいと答える。すると決まって「字幕は英語でいいの? なんで?」と返されるのである。

 答えは簡単だ。日本の中学・高校・大学で英語が必須科目だったからだ。字幕を読むことくらいならば少しはできる。イタリア語は日常会話である程度聞けるようになっているが、聞き逃しや知らないイタリア語単語は英語の字幕で補うわけだ。しかし、私にできることは英文を少し読むだけ、少し聞けるだけである。話すこと、書くことはまったくできない。皆無である。私は学生時代、万年英語赤点だったくらい、英語が苦手なのだ。

 英語というよりも、私はそもそもアルファベットと英語の発音が苦手だったのである。アルファベット言語の苦手意識は当然イタリア語でも発揮し、私はイタリア語に慣れるために人一倍時間を要した。正直、さっさと留学切り上げて帰国したいくらい、外国語が嫌いだった。正直、海外留学を決めた人間の発言ではない。アルファベットに完全に慣れてしまった今の自分が奇跡だと思っている。人間、本気を出せば「やればできるものなのだ」と改めて感じたものだ。

 さて、ローマという街は、世界一といっていいくらいの観光都市として機能している。中心部で観光業を営む人や店員は、ある程度英語が話せる人が多い。外国人は大抵旅行者だと思われ、英語で話しかけられる。

 私もローマにいれば外国人だ。中心部で買い物をしていると、私がイタリア語で話しかけないかぎり英語が使われる。少しでも英語で言われている内容が理解できてしまうと、そのまま英語で答えたほうがいいのかもしれないと悩んでしまうこともある。イタリア語が慣れなかった頃は特にそうだった。イタリア語でわからない単語でも、英語に直してもらえばそれが何を指しているかわかることも多々あった。英語の文法は使いこなせなくても、単語は学生時代の覚えたぶんで少しだけわかるのだ。だから、イタリア語がよくわからなかった頃は、よく現地の人とイタリア語と英語のチャンポンで会話が進むこともあった。

 イタリア語がある程度慣れた頃から、英語で話されても「イタリア語がわかるから、イタリア語で話してほしい」と、先にお願いするようになった。すると大抵の人は、イタリア語がわかるのねと、肩の力を抜いて話してくれる。イタリアの人にとっても、自国の言葉で会話できるほうが安心するようだ。私も英語よりイタリア語で話してくれるほうが、ホッとする。イタリア語を使われてホッとするほど、イタリア語に慣れた自分に毎度驚く。

 一方、それでも外国人に対し延々英語を使うイタリア人もいる。外国人はとりあえず英語で話せばなんとかなると思うのだろうか。私は英語のほうがわからないし、よそよそしく感じるので少し困る。しかし、英語の耳慣れにも良いと思うときもある。

 英語は、現在ほぼ世界の共通言語だ。他方、私が知っているイタリア語はほぼイタリアでしか使えない。音楽など芸術面では使えるかもしれないが、私には遠いジャンルで、後に活用法といえばフランス語やスペイン語、ラテン語を学ぶときに少し役立つくらいだろう。役立つ言語で考えれば、フランス語とスペイン語のほうを学ぶべきだったろう。フランス語はアフリカ大陸で使え、スペインは中南米で使えるからである。しかし、インスピレーションだけでイタリア語を学んでしまったのだから仕方がない。

 そして、イタリア語が慣れて余裕がでてくれば、次は英語に興味が向くのだ。私の専属イタリア講師化しているマリナが、英語を一所懸命学んでいるからかもしれない。そして、英語が話せればいいのになあ、と思う場面にたくさん出会ったからでもあった。イタリアを旅行しているときに、アメリカ人旅行者やドイツ人旅行者が英語で話しかけてくれたり、ドバイに立ち寄ったときも、砂漠ツアーで一緒になったグループは皆英語で話していた。英語の話せない私のことを気づかってくれるたびに、少し申し訳ない気持ちになった。特にドバイ旅行では、この中にイタリア語が使える人がいればいいのにと思ったものが、シンガポール人の元気なキャリアウーマンのおばさま、出張ついでのドイツ人男性、アメリカ人カップルだったわけだから、どう考えてもイタリア語と縁がなかった。むしろ英語は話せないのに、イタリア語は使える日本人ということで、不思議に思われたのである。

 英語を学びたい。こうした場面に出会うたびに、そう痛切に感じる。そして、思うのだ。日本語から英語を学ぶのは大変な労力がいるが、イタリア語を通して英語を学べばまだ楽なのではないか。英語とイタリア語は20%も似ていない。しかし、同じアルファベットを使う言語だ。文法も30%くらいは似ている。双方とも主語、動詞、の順となる言語である。おそらく、イタリア語で書かれた英語の入門書で英語を勉強したほうが理解も早いだろう。

 私は英語が本当に嫌いだった。英語という言語は表現力に乏しいと思ったのが、学ぶ意欲を激減させた。イタリア語は、ひとつのフレーズを言いたいときに、人の個性や場、状況、気持ちにあわせて数種の言い方が使える。英語が堪能なイタリア人の友人と、「英語は表現力がとぼしくて、事務的だ」という話で盛り上がったこともある。ただイタリア語は使い方に個性を出せる分、英語よりも複雑で難しい。そして日本語は文法の組み立て順に細かい規則がないため、イタリア語以上に、台詞を自由に組み立てられる無節操な言語だ。正月マリナたちと一緒に過ごしていたときに、日本語はアルファベットが三種あって、文法は欧州の言語のようなかっちりした決まりがないことを話した。マリナの友人の息子の嫁である、ロシア人の女の子はそれに驚いて訊いてきた。

「日本語を習得するまで、学校で何年国語を習うの?」

 小・中学校の九年間が基本だというと、ロシアと同じで「アルファベットを三種類学ぶことがはじまるのに、そんな短期間で学べるものなの?」と驚いていた。よく考えると、英語などのようなしっかりした文法がない言語であれば、当然文章を組み立てられるのは難しい。しかし私たちはたった九年で基本を学び終えるのだ。恐ろしいことである。おそらく教育カリキュラムは、他言語とは違う母国語の教え方になっているのだろう。日本語は特異すぎる。日本の常識は世界の常識といわれているが、群を抜いて非常識なのは日本語であると思う。

 ネイティブでない言語を学び、その言語で自分の思い描くことを表現するということは複雑で難しい。私は基礎言語が自由の利きすぎた日本語であったせいか、英語の文法がパズルのように感じて嫌だった。自分の言いたいことを、決められた文法と単語でしか表現できない窮屈さを感じたのだ。今思えば、日本語だからこそできる自由な表現に甘えていたのである。

 今は英語でも、英語なりの良さがあって、決められた文法規則の中でも精一杯の表現を生み出しているのだと思っている。事務的でおもしろくない言語だと今は思っていない。素敵な言い回しもたくさんあると知った。イタリア語を通して、英語の良さを見出せるようになったのだ。
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by gosuiro | 2012-12-06 01:17 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)