<   2015年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

人気ブログランキングへ にほんブログ村 海外生活ブログへ   ☆★☆ブログランキング・WEB拍手に参加中です。ポチッとご協力お願い申し上げます☆★☆
古代ローマへの道 ~パラティーノの丘~
b0206901_23561753.jpg 全ての道はローマに通ず。

 この言葉があるように、古代ヨーロッパで一大勢力を持ったのが、ローマ帝国。前回南イタリアのギリシア遺跡話をしていましたが(コチラ参照)、古代ギリシアから新たな時代に移行していく大本になった土地が、この現イタリアの首都ローマです。

 コロッセオが一番有名ですが、実は建国の地がその向かい側にあります。ローマを深く知るうえでとても大切な場所。それが写真1枚目、パラティーノの丘です!!(ラテン語ではパラティヌス。ちなみに写真はコロッセオの上階から撮影)。

 紀元前14世紀頃からすでに丘には集落があったそうですが、この地でのローマ建国は紀元前753年4月21日とされています(その時期はローマもそこそこフェスタ仕様になる)。イタリア語でパラッツオ Palazzo、英語でパレス Palaceの起源にもなったといわれている土地で、写真1枚目の左、立ち並ぶ柱の脇にある入り口を通って真っ直ぐ観光すると、そのままフォロロマーノ、左のほうへ上がっていくと丘になります(チケットは共通)。
b0206901_23562649.jpg ローマには欠かせない建国の経緯(伝承)があります。わけあってテベレ川に捨てられたロムルスとレムスという双子が狼に拾われ授乳され、その後羊飼いに育てられ、やがて争いを制しローマを建国するというお話です。この伝承はローマに住んだら絶対に知っていないと怒られるもので(笑)、たとえばイタリアサッカー(セリエA)のチームASローマのマークにも、狼が赤子の双子に授乳するモチーフが使用されています(公式サイトはコチラ)。また、狼が赤子に授乳する銅像もカンピドーリオの丘(フォロロマーノをはさむ反対側)に設置されています。

 建国については、ロムレスがパラティーノの丘を選んだとされ、実際現地には伝承で伝えられる狼が授乳したという洞窟も見つかっています。神話の世界がリアルになりますね……。ちなみにロムルスの家と言われる子やも存在しています。個人的にはコロッセオよりパラティーノの丘のほうが雰囲気的に好きです。

 写真2枚目はパラティーノの丘を高台から。左の大きな建造物はマクセンティウス帝のバジリカ。右奥にはティトゥス帝の凱旋門とコロッセオも見えています。
b0206901_23563416.jpgはじめは宗教的儀式を行なう信仰の場所としての意味合いが強かったようですが、王政から共和政に移行してからは皇帝の宮殿が乱立する丘となったそうです。なので、建物の跡だけでなく庭の跡もけっこう残っています(世界初の植物園もある)。

 パラティーノの丘で一番わかりやすい雰囲気なのが、写真3枚目のスタジアム跡でしょうか。この丘を徒歩で巡るとそのままフォロロマーノに入っていきますが、パラティーノの丘のほうが明らかに広く、高低差もあるので、観光中知らぬ間に体力がもっていかれる恐ろしいスポットです。しかも、日陰になるところがなく休憩場所もトイレもない!(ベンチはあったけど。)

 なので、この丘を観光するときはコロッセオかどこかでトイレに行くべきです。あと夏の観光にはあんまりおすすめできません(それでも行くなら水分と帽子等、熱中症対策必須)。ちなみにフォロロマーノも休憩場所なんてないですよ……(詳しくは次回のフォロロマーノ編で!)。


b0206901_23563726.jpg さて、古代につくりあげられたこの丘の繁栄は、ローマ帝国の衰退とともに変化していきます。特にローマはキリスト教(カトリック)の聖地になったことで、教皇によって好き放題されていたというか、建物に使われていた大理石等は教会等に転用されてあまり残っていないところもあるというか……パラティーノの丘・フォロロマーノ・コロッセオは雑な扱いをされていた時代がありました。

 特に有名なのが、写真4枚目。Via FORI IMPERIALIという、コロッセオからヴェネチア広場に続く大変広い道なのですが、実はこれムッソリーニが戦時中、ヴェネチア広場そばの宮殿に住んでいたときにコロッセオが見えるよう開通。古代遺跡が残るところに無理やりつくったということで、実はパラティーノの丘も道整備のために削られフォロロマーノもトラヤヌスの市場と分断、道づくりのために遺跡は埋められているという裏話があり、マリナだけでなく知り合ったローマ大学教授の方も話しながら呆れていました。私もVia FORI IMPERIALIがあるせいでローマ遺跡がちょっとチープな感じになっちゃってると感じますが、一方で主要道路にもなってしまったので、これ道を無くすのは困難ではないかと……後、確かにこの大通りから見えるコロッセオは迫力あるのは確か。でもムッソリーニは支持できない(苦笑)。

 写真の道では、マクセンティウス帝のバジリカが無料で鑑賞できる感じになっています(笑)。チケットを買わないで遺跡が見たいなら、この道を真っ直ぐ歩くことです。次回はパラティーノの丘の前に広がるフォロロマーノのお話です。

 
[PR]

人気ブログランキングへ にほんブログ村 海外生活ブログへ   ☆★☆ブログランキング・WEB拍手に参加中です。ポチッとご協力お願い申し上げます☆★☆
by gosuiro | 2015-07-18 00:07 | 海外旅行のお話 | Comments(0)
ローマの遺跡と小説更新のお知らせ
b0206901_2433820.jpg この時期風邪を引くと長いということを思い知った今日この頃、やっと咳も落ち着いてきたので小説更新のお知らせです。

 長々連載している『 下がり葉の猫 』の【 第17話 】を更新いたしました。右記のリンクからお話が読めます。お気軽にポチッとどうぞ!! ⇒ 【 下がり葉の猫、第17話目 】を読む (PC・携帯電話などから閲覧可能です)。

 前回連載分では、質問したところで終わったのですが、今回はそのアンサーと新展開が訪れています。個人的には茅世ちゃんがかわいくてかわいくて、こんな猫ちゃんいないかなーと思う次第です。

 また、今月中にはお伝えできるお話ですが……裏でそこそことやっていましたアレ。その成果がそろそろ出てきています。たとえば、私の名前「名嘉あいか」でググるとナンかが出てくる仕様になっているんじゃないかと……お楽しみに(でもあんまり言いにくいことですが)。
 
 写真はローマの遺跡。次回は、フォロロマーノとパラティーノの丘のお話ですよー!
[PR]

人気ブログランキングへ にほんブログ村 海外生活ブログへ   ☆★☆ブログランキング・WEB拍手に参加中です。ポチッとご協力お願い申し上げます☆★☆
by gosuiro | 2015-07-10 02:45 | 小説作品更新情報 | Comments(0)
南イタリアの遺跡たち
b0206901_19195763.jpg イタリアには遺跡が数多く存在しています。遺跡と言えば=ローマ帝国時代みたいな印象かもしれませんが、実は南のほうへ行けば行くほどそうではないんです。

 古代ローマの前には、古代ギリシアの香りあり。というわけで、今回は数あるイタリア遺跡の中でもおすすめしたい場所をご紹介。これぞ南イタリアの醍醐味!という感じです。まず一枚目は前回登場したポンペイ遺跡の通り(前回話はコチラ)。

 元々ポンペイは紀元前6世紀につくられた街で、侵攻や同盟などから色んな民族の手に渡りつつ、最終的には古代ローマ人の保養地として繁栄しました。有名なポンペイの壁画様式は古代ローマの壁面装飾(紀元前2世紀~被災した西暦79年まで)なので、ローマの文化が色濃いです。

 ポンペイには壁画や建物がけっこう残されているので、失われた古代都市を歩いていると古代人の亡霊に遭遇するんじゃないかというタイムスリップ迷路のような見ごたえがあります(本当に広くて迷路です……)。庶民の息遣いを感じる遺跡です。
b0206901_1920299.jpg 次に、古代ローマと比較する遺跡ですが……写真2枚目、ユーノー・ラチニア神殿(ヘラ神殿)。南イタリアの中でも南、シチリア島南西部にあるアグリジェント遺跡群、神殿の谷の神殿です(詳しいシチリア島の話や写真はコチラ付近)。

 ポンペイ遺跡に比べて、完全に雰囲気がギリシャです。私はコンコルディア神殿を前にしたときに「もうギリシャ行かなくてもいいじゃん、ここで神殿観れたし」って思いました(笑)。

 アグリジェントの神殿の谷は古代ローマ色がとても薄い遺跡です。それもそのはず、当時シチリア島からナポリ・アンコーナ(アドリア海側)あたりは古代ギリシアの植民地でした。今でも古代ギリシアの風土は残っていて、マグナ・グラエキアと呼ばれています(イタリアでは、マーニャ・グレチャ Magna Graecia みたいに呼ばれているはず)。プーリア州あたりから下の州は方言や髪色(黒の強い癖毛)などもかなりギリシャっぽい雰囲気。


b0206901_1920659.jpg 私がイタリア南部に惹かれる理由のひとつが、このマグナ・グラエキアの個性。北イタリアにはない古代のにおいがたまりません。ちなみに、慣れてくるとイタリア人でも、北イタリアと南イタリアの出自どちらかなんとなく察せるようになります(日本でいうところの、本土と沖縄の人の顔の違いがなくとなく察せるみたいな感じ)。

 さて、アグリジェントという都市ができたのは紀元前6世紀頃。古代ローマ人によるローマ建国が紀元前8世紀頃なので、それよりも都市は若いですが、アグリジェントは古代ギリシャの植民都市として建造されたわけで……大もとの古代ギリシアは最初の文明(ミノア文明)が紀元前20世紀頃、ポリス成立が紀元前8世紀、つまり相当成熟した状態で建造された植民都市になります。建造様式はドーリア式。

 この都市も国の戦いに巻き込まれ、紀元前5世紀頃北アフリカのカルタゴの手に落ち、さらに紀元2世紀頃ローマ軍に制圧されます。神殿の丘にある考古学博物館近くにはローマ軍に制圧された後のローマ時代の遺跡があり、古代ギリシアと古代ローマの様式の違いもよくわかります。


b0206901_19201063.jpg 神殿の丘の考古学博物館はすごくよかったです。アグリジェントの後にポンペイ観光してしまったから、ポンペイの印象が私の中で微妙なんだろうなあ(苦笑)。ポンペイは神殿の丘ほど復元も弱く保存もよくなげっふげっふ。また、神殿の丘という名のとおり高い丘の上にあるので景色がものすごく良いです。海も臨めます(アフリカ大陸に思いをはせることができます)。私の一等好きな遺跡です。

 その流れで、写真3枚目は同じくシチリア島南東の端、シラーサのギリシア劇場。考古学公園内にあり、シチリア島では一番大きい劇場です。森の先は海。公園内は他には円形闘技場や祭壇、天国の石切り場という洞窟等があります(写真はコチラ)。

 シラクーサは本当に古代から現代を感じさせる生きた都市で、建造は紀元前8世紀。ギリシア人が入植して繁栄しました。円周率などで有名な数学者アルキメデスはこの都市の人間でした。旧市街にはオルティージャ島という小島がありドーリア式のアポロ神殿や、アレトゥーザの泉というギリシア神話に出てくるスポットもあります。シラクーサの考古学博物館もかなりおすすめです。


b0206901_19201589.jpg ついで、写真4枚目はシチリア島東岸に位置するタオルミーナのギリシア劇場、客席側一番上からの景色(シチリアで2番目に大きい劇場)。先に見える山はエトナ山です。欧州でも憧れのリゾート地であり、映画の舞台でも有名ですが……もとは古代ギリシアに起因する町で遺跡も多く残っています。ギリシア劇場は最たるもので今も現役、綺麗に使われています。よくオペラやバレエ等の上演がされていますね(私が行ったときもしていました)。

 という南イタリアの主要遺跡。最後の写真はポンペイに戻って劇場跡です。ポンペイそばの都市ナポリも古代ギリシアの植民地として建設され、シチリア島より早く古代ローマの支配下にはいっています。ポンペイにも古代ギリシア時代の面影はありますが、シチリアに比べると弱いです。ローマのフォロ・ロマーノあたりは完全にローマ帝国の基礎になるため、ギリシア文化の影響はあってもまったく別さの民族の話になるのです。

 イタリアはいろんな文化や民族が古代から入り交じりすぎ(笑)。そのぶん歴史は本当に深いですし、世界遺産が世界一あるのもうなずけるなーと思うのです。特に古代ギリシアから世界的覇権をとったローマ帝国がローマで生まれたというのはすごい……というわけで、次回は久しぶりに愛しのローマの遺跡のお話へ!でも、シチリア島の遺跡群は(個人的にポンペイよりも)強く旅行地としておすすめしたいです……。
[PR]

人気ブログランキングへ にほんブログ村 海外生活ブログへ   ☆★☆ブログランキング・WEB拍手に参加中です。ポチッとご協力お願い申し上げます☆★☆
by gosuiro | 2015-07-01 19:28 | イタリア的雑記 | Comments(2)