【19ROMA留学エッセイ2010-10a】異国籍の所在のなさ
 イタリア留学エッセイ第19回目は、イタリアに住むことによって得る「外国人」としての心情についてです。
 前回エッセイ「リグーリア州を散策」のピサ編はコチラ、チンクエテッレ編はコチラ、ジェノバ編はコチラです。

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 ローマで生活していると、しばしば中国人に間違われるときがある。むしろ、私に「日本人?」と尋ねてくれるイタリア人を褒めてあげたいくらいだ。それくらい、今のローマには多くの中国人をふくめたオリエンタルのほか、さまざまな国籍の人が住んでいる。イタリアはアフリカ大陸にもバルカン半島にも隣接する位置にあるため、移民にとってヨーロッパの玄関口という認識があるらしい。さらにイタリアの首都ローマは、観光客も山のように訪れる都市であるから、本当にたくさんの国籍の人がひしめき合っているのである。

 私は日本人であるが、よく中国人に間違えられてしまうことは仕方のないことだと思っている。第一私たち日本人が、ヨーロッパの人種を細かく見定められないように、西洋の人たちが簡単に日本人か中国人か、韓国人かなどを見分けることは難しいのだ。イタリアの人たちいわく、見極め方があるとすれば、目の違いが大きいという。日本人は中国・韓国の人と比べ、目が大きくアーモンドのようだというのだ。しかし、大方それには個人差があるわけだから、見極めが難しいことにかわりはない。

 さて、文化も人種も違う西洋に住むと、時々日本食が恋しくなる。特にイタリアはチーズとオリーブオイルを信じられないほどふんだんに使う国であるから、気を引き締めなければすぐに太る。ダイエットを兼ねても、日本食は絶好なのである。

 ローマにも、日本食レストランはある。しかし、その多くは名ばかりで、中国人が経営するものだから、どうしても味が違う。日本人が経営する、本物の日本食レストランは、そのどれもが寿司や刺身、天ぷらをメインにしていることもあって高い。高い分、味はそれなりに保証されている。しかし、日本人なのだから、日本食は可能なかぎり自分でつくりたい。そうして、日本食材探しの旅がはじまるのである。

 ローマには、日本食材の専門店がない(2011年以降は知りません)。そのため、オリエンタルの食材を扱う店を目指すことになる。多くは、中国人街化した地区に揃っている。中国・韓国などの食材とともに陳列されているのである。そこでは、大根や白菜、もやしなどの生野菜から調味料、せんべいやあたりめなどのお菓子も見つけることができる。その環境に慣れてくれば、中国語や韓国語などでパッケージされた食べ物にも手をだして、この味は日本の何に似ている、何と同じだと有効活用できるようにもなる。どちらにせよ中国や韓国などは日本にとっては近隣諸国なのだから、食材のパッケージを見ればある程度どんな食べ物なのか、どんな味なのか想像できるものなのだ。

 このように、ローマでもどうにか日本食で生活することはできないこともない。特にイタリアはお米を食べる文化(ヨーロッパ一位の米生産国)であるし、濃いソースを使わず素材の味を大切にする調理法が多い。そして最近は、ヘルシーで健康にも良いということで、日本食がかなりの人気を博している。スーパーでも、高価だが日本食を置く棚が見られるようになった。グローバル化が進むおかげで、ローマでも日本食探しはそれほど難しくなくなっているのである。個人的には、ひじょうに有り難いことである。

 一方、定住ではなく、観光としてローマを見る場合、日本食や中華料理は必要のないかもしれない。イタリアに来たのだから、食べるならイタリア料理だ。そして給仕もコックもイタリア人が好ましいだろう。

 しかし、最近バールのバリスタをしているのが、イタリア人以外であるところをよく目にするようになった。中心部は、まだイタリア人がバリスタをしていたり給仕をしているが、少し離れると異国人がその手を担うことが多くなっている。イタリアまでわざわざ旅行しに来ている人からすれば、バリスタがイタリア人ではないと何か複雑な気持ちにかられるかもしれない。差別をしているわけではないが、なんとなくイタリアまで旅行しに来ている感が抜けてしまうだろう。

 それだけ、ローマは移民が急増しているということである。私がはじめてローマを訪れたのは2003年のことだが、そのときはこれほどまで他国の人が住んでいなかったように思う。留学の際、数年ぶりに中央駅であるテルミニ駅に降りたって、異国人種の多さに驚いたものだ。以前、こうではなかったのだ。現在のテルミニ駅周辺は本当に異民街のようなのである。

 移民が急増しているということは、ただでさえ少ない就職求人枠をイタリア人と移民とで取り合うことを意味している。元々求人が少ないところに、多くの移民が入ってきてしまっているのだ。南イタリアは特に職探しが難しく、失業率も半端ではない。日本以上である。イタリアでトップレベルの大学を卒業しても、コネがない限りまともな職につけないという話を大学に通う子たちからよく聞いた。しかも、信じられないほど賃金も安い。日本も職探しは大変であるが、イタリアはその数倍上をいくのだろう。

 さて、話は異国籍の話に戻る。私も異国籍の人間としてイタリアに住んでいる。自分の祖国ではないのだから、どこかしら不安定なものである。国籍を置く母国で、ベースから不安定になるということはない。母国であれば、移民法やその国の移住規則に左右されないのである。

 私は特に仲介や手助けを借りず、単独でローマに留学してしまったものだから、異国に慣れるまで長いことストレスを感じていた。そうしたときに頼りになるのは、イタリアを母国とする人々だ。特に家主であり友人となったマリナおばさまには本当に助けられたし、他のイタリア人の友人たちにもいろいろと励まされた。しかし、それ以上に頼りになったのは、そこに同じように住む日本人の方々である。ローマに私より先に住みいろいろなことを経験をした、文字通り先輩たちだ。彼らには本当に助けられたし、その存在にどれだけ慰められたか。感謝してもしきれない。

 日本以外に住む、ということは困難なことではないが、簡単なことでもない。けれど、怖いものでもない。逆に、本当に大切なものは何かわかるし、人に対して素直に感謝できるようにもなり、精神力がつく。物事の視野がさらに広がったことは、私にとって一番の糧になっていると思う。

 それこそ、日本に住んでいれば、他国の人は、日本人とそれ以外の国の人、というくくりでとらえられる。しかし、ローマに住めば、日本人も外国人だ。日本人もイタリア人とそれ以外の国の人、の後者にくくられるわけである。日本では「あ、外国人」と、思っていた人たちが、急に仲間になるのである。

 どんな国の人であれ、人種と習慣、言語を含めた文化さえのぞけば、同じ人間という種である。母国日本で無意識にしていた区別が、海外生活を経て取り除かれたことは本当に大きい。一方で、移民問題も母国以外に住むという経験から違う角度でとられえれるようにもなったし、難民として移住してきた人たちの、母国にまったく頼れない不安がどれほどなのかも真剣に感じられるようになる。何より、母国が健全に存在しているという幸せを有り難く思えるようになるのである。

 とはいえ、井の中の蛙でいるか、自分が大海の一滴であると知るのとでは、どちらが幸せなのか。人それぞれなのだろう。


◆【エッセイ20(10月後半)】は、12月前半更新予定。タイトルは「シチリアに恋するドイツ」です。
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by gosuiro | 2011-11-23 23:42 | ROMA留学エッセイ | Comments(0)


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