【ROMA留学エッセイ番外9】土地に沿って生きる
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 超久しぶりにイタリアエッセイをお送りします。今回は、イタリアに住んで思った「食と文化」について。ちなみに、写真の後ろ姿は、マリナちゃん!(この写真、ブログにUPしてるのバレたら怒られるけど、彼女はここ知らないし日本語わからないからきっと大丈夫・笑) そして、前回の「英語に対する苦手意識」はコチラです。



 ローマに住んでいて、一度だけ風邪を引いたことがある。変調なくいきなり高熱を出したことにマリナは驚き(彼女宅に温度計はなかった)、とても心配してくれた。夕食をつくってくれると言うので、好意にあやかると彼女は支度の前に、こう口にしたのだ。

「風邪なら、良いチーズをすりおろさないと! 」

 体調の悪いときでも、チーズを食べる。むしろ、体調が悪いからこそ体力づけにチーズを食べる。マリナの発言を聞いて、「ここはイタリアだ」と当たり前のことを真剣に思ったものである。

 食文化は、その土地に基づいて生み出される。風土がその土地に生きる人々の食料を生むのだから、各国で食文化が違うのは当然のことだ。それは建築も同じだ。山ばかりで住める面積が少なく、多湿環境の国で石造りの文化は成り立たない。欧州の石造り文化は、夏が多湿ではなく大きな地震が多発しない欧州だからできたことだ(イタリアでは何度も大地震が起きたが、マグニチュード6くらいで街は壊滅寸前になった。石造りの伝統的な住居は地震にあわない)。建築と食は特に風土と深い関わりがある。

 豊かな海に囲まれた日本では、魚の種類も豊富であるし、海草類も多く食べる。肉食が根底にある欧米文化では、野菜を取り入れたところで食べ飽きるし、胃腸が弱い人には辛い。私も胃腸が弱く、ローマで何度も消化不良を繰り返しながら食生活を改善した。薄口で油を極力摂取しない食を中心にしたのだ。それから体調不良を起こすことはなくなった。

 イタリアから何度か一時帰国したが、その際にフレンチのレストランへ友人たちと食事に行ったことがある。そこで「イタリアに住んでいるからと言って、イタリアンなごはんを食べているわけではない。和食が一番ヘルシーだし、結局身体にあうのだ」という話題をしていたところ、テーブルに来たそのレストランのシェフが同調してくれた。彼もフランス料理を仕事でつくっているが、家では毎日和食だと言っていた。

 フランス料理に携わるシェフとイタリア生活をしている私が「和食が一番だ」とフレンチレストランで力説していたのもおかしな話だが、実際にそうなのである。日本食はヘルシーな食事として世界でも評価されている。ダイエット食で和食に勝るものはないのだ。海外(特に欧米)に住めば、それがよくわかる。

 元々和食は肉を食べないという基準で成り立った。肉を極力摂取しない代用として、日本では多数の大豆が生み出された。醤油、味噌、豆腐はかたちがまったく違うものの、どれも原料は同じ大豆である。イタリアで大豆のことをソイア(soia)という。醤油は大豆のソース(salsa di soia)と呼ばれ、味噌は正式には大豆を発酵させたパテ(pasta di soia fermentata)となるが、面倒なのでイタリアでも「ミソ」と呼んでしまっている。豆腐はそのまま「トウフ」だが、イタリア人の認識では「植物性チーズ」となる。

 豆腐をチーズと呼ぶ発想に私はついていけなかった。しかし、彼らの言いたいことはイタリアに住んでいてなんとなくわかる。確かに、イタリアで売られている豆腐は、フレッシュ系チーズと雰囲気は似ているのだ。乳製品アレルギーを持つ人はイタリアにもいる。彼らが食べられるチーズは植物性のものにかぎる。すなわち、植物性のチーズ=豆腐という感じの認識なわけだ。

 豆腐がチーズの仲間になるというのは、日本人には信じられない話だが、イタリアではその認識がある。中国系レストランのメニューにもところによっては、豆腐をチーズと称して書いてある。物珍しいチーズかもしれないと注文すれば、なんてことはない普通の豆腐がでてきたということも起こり得るのだ。

 日本では、昔からたんぱく質を大豆で取る習慣がある。一方、食物繊維は海藻で取っている。たとえば、おなかが空いたときにトコロテンを食べる週刊をつければ良いダイエットになる。トコロテンは元は海藻で、ほとんどカロリーがないからだ。

 こうした食物繊維を、イタリアでは何で取っているのだろうかと私は疑問を感じていた。日本であれば、海藻の他にコンニャクもある。食物繊維を摂取できる食品が日本には数多くあるのだ。海藻やコンニャクのような食品がないイタリアでは、何をとっているのか。マリナに聞けば「フィノッキオが一番簡単だ」という返答がきた。

 フィノッキオは、日本で言えばフェンネル(ウイキョウ)の根だ。セリ科らしく、においがきつく雰囲気は太ったセロリに近い。フェンネルのハーブティーは消化を助けるものとしてイタリアの家庭では一般的なものだ。同じように生のフェンネルも消化を助けるということで、生でそのまま野菜スティックのようにして食べる。あまりにクセがあるにおいと味で、私もはじめは食べられなかったが、次第に慣れて好きになった。食物繊維が多いので食べ過ぎると胃もたれするが、カロリーはあってないようなものなのでおやつにはちょうど良い。

 マリナは「食物繊維をとるために、日本で海藻を食べるようにイタリアではフィノッキオを食べるのよ」と、言っていた。イタリアでも海苔などを食べるようになってきているが、生フェンネルのほうが身近に食べられるだろう。なんせ通年で売られていて、けっこう安いのだ。

 「土地が食文化を育てるの」

 そう言ったマリナの台詞に私も強く賛同している。世界での流通網が広がり、他国の食文化を簡単に取り入れることができるようになった。しかし母国の食を見直すことも大切だろう。日本で和食が現在のようになったのも、土壌と文化と海が関係しているからだ。

 なぜ各国でこのように食文化がそれぞれ異なるのかを、歴史や風土から学んでみることもおもしろいだろう。スローフードも、その土地で生まれた食を学ぶ(尊重する)という意味合いがあるのだと私は思っている。少なくとも、日本食を少し学んでいたほうが海外に出て喜ばれる。日本料理を提供できるパーティなどを開けば、ものすごい喜ばれるのである。

 イタリアでは魚料理もポピュラーだが、日本のように生で食べる習慣はほとんどない。海が近いのに、魚の鮮度を維持しながら保冷し提供するというシステムが構築されていないのは残念なことだ。ローマの市場に出る魚はすでに臭みがでていることが多く、日本料理には適さない。

 私の友人にイタリアに長く在住している方がいる。彼女は高級レストランに足を運ぶことがしばしばあるようで、そうしたところではイタリア料理でも新鮮な魚料理にありつけることがあるという。そうした魚料理のおいしいレストランのコックを意識して見ると、大抵日本人コックを見つけるというのだ。イタリア人だらけのレストランでも厨房に日本人コックがいれば、魚料理は確実だと思ってしまうし実際においしい。

 それは、日本が魚の扱い方にたいしてトップレベルであり、どれだけ魚のことをあまり知らない日本人でも、外国の人(漁業地域はのぞく)よりは鮮度や味に詳しいということだ。日本に住んでいると気づかないことだが、魚に対しての最低基準が日本は元々高いということだ。あのひどいイタリアの魚の取り扱い法(特に流通網)を、日本で採用したら間違いなく暴動が起きると思う。日本人も食に関してはなんだかんだうるさい民族なのである。
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by gosuiro | 2014-09-30 23:33 | ROMA留学エッセイ | Comments(2)
Commented by white12211122 at 2014-09-30 23:48
はじめまして、「海外生活」の新着からきました。みっこと申します。
イタリア留学の話、とても面白かったです(私はドイツに留学していました)。お気に入り登録させて頂きました。
Commented by gosuiro at 2014-10-01 00:37
はじめまして、あいかと申します。コメントありがとうございます。
ドイツに留学されていたんですね! 私は昔ドイツ東部を10月頃に旅行したことがありますが南イタリアに比べて随分大人びた街だと感じました(哲学専攻の同級生がドイツ留学に行ったことも思い出します)。お気に入り登録ありがとうございます。お暇なときにまた遊びにきてください。私もみっこさんのブログへときどき覗きにいきます♪


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